降谷さんが狂犬と付き合い始めたらしい。【降谷零/安室透】

7話 ページ8

｢げほっ…おい、大丈夫か！？｣

『はぁ…っ、はい…すみません』


なんとか砂浜に上がって、水を吸った服を絞る。

完全にびしょ濡れ。

麦わら帽子はどこかに流されてしまった。

口の中にはしょっぱい塩の味が残っている。

冷たい海水を被ってようやく頭が冷えた。


『あの、ほんとにごめんなさ…』

｢いいから。もう謝るな｣


ぺしっとデコピンをされた。

降谷さんは軽く笑って濡れた前髪を掻き上げる。

腕を滴った水滴が太陽に反射してキラキラ光った。



『…降谷さん、海藻引っかかってます』

｢え？｣


手を伸ばして彼の肩に乗っていた海藻を取る。

なにがおかしいのかわからないけれど何故だか笑いがこみ上げてきて、ぷっと吹き出した。


『あはははは！』

｢なんだよ、そんなにおかしいかよ｣

『いやそうじゃないんですけど、ふふふっやばいツボった』

｢はぁ？｣


そんな声を上げて眉を寄せているものの、降谷さんの目はどことなく柔らかい。

こんな時でも困っちゃうくらい優しい。

揺れる度にパタパタ水が落ちて、それでも笑いは止まらない。


『あはは！ふふ…っ、う…っ』


その笑いに嗚咽が混じり始めたことには、一瞬遅れて気がついた。

いつの間にか、涙が溢れ出していた。

きつい日差しに当てられて既に乾き始めていた頬が、再び濡れる。

視界が霞む。

まるで波みたいに景色が揺れた。


『あ、れ…？なんで…』


ダメだ。止めろ。

なんで溢れてくるの。ずっと我慢してたのに。

二人がもうこの世にいないって聞かされた時も、耐えきれたのに。


『泣かないって、決めてた…のに…っ』


わがまま言って連れてきてもらって、泣いたら迷惑かけるって。わかってたのに。だから耐えるって決めてたのに。

それなのに、涙は止まってくれなくて綺麗な砂浜に染みを作る。


そんな時、降谷さんが何も言わずにギュッと私のことを抱き締めた。

濡れた服が触れて冷たくて、でも徐々に体温が伝わってくる。

左手は腰に回されて、右手は後頭部に添えられた。


｢耐える必要なんてないだろ｣

『え…』

｢俺の前では抑えるな。
泣きたいなら泣けばいいし、したいことがあるなら言っていい｣


その声があまりに優しくて、肩の力が抜ける。


｢今日のことだって、行きたいってちゃんと言ってくれて嬉しかったんだからな｣

『……っ』


降谷さんは本当にずるい。

彼の腰に腕を回し返す。

ぶわっと更に溢れてきた涙は、止めどなく頬を伝った。

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