可愛くないキミの落とし方【降谷零/安室透】

26話 ページ27

降谷side


疲れた。

もうさっきからずっとそれしか思ってない気がする。

自室へ続くマンションの廊下を歩きながら、何度目かわからないため息をついた。

１晩徹夜するくらい珍しくもなんともないが、今日は組織の仕事だったから本当に疲れたのだ。


あー、晩飯を買ってくるの忘れてた。

冷蔵庫に何かあっただろうか。なければ別に買い置きのカップ麺でいいか。

なんて考えてるうちに部屋の前に到着する。

と、人の気配にピタッと手が止まった。


…あぁ、そっかAか。

そういえばまだ１度も家の中で顔を合わせてなかったな。お互い忙しいから仕方ないけど。

一瞬体に入った力を抜いて扉を開ける。

すると、すぐに家の中から声が聞こえてきた。



『あ、おかえりー』

｢……ぇ｣


その瞬間、ビシッと体が固まった。

え、待てなんだこれ。


Aはタンクトップに短パンというかなり視線のやり場に困る格好で缶ビールを握っている。

いることは扉を開く前からわかってたはずだ。

声を聞いただけだ。姿を見ただけ。

なのになんで俺は今こんなに呆けてるんだ。



『零、晩御飯たべた？
さっきラタトゥイユ作ったんだけどさー』

｢……｣

『れいー？』

｢…っあ、なに？｣


ようやくハッとして返事をした俺に、Aは首を傾げながら言った。


『晩御飯、食べる？』

｢あぁ、ありがと…｣


ぎこちなく頷くと、Aはおかしそうに笑う。


『なに、どうしたの？』

｢いや…｣


靴を脱いでリビングに向かう。

雑に鞄を放ってから、Aの質問に答えた。



｢…家に帰ったら人がいることに慣れてなくて｣

『あはは、そうね。私もおかえりとか久しぶりに言った』


俺だっておかえりなんて言われたの何年ぶりかわからない。

まさか家に帰ってAのその言葉を聞くだけでここまで疲れが吹き飛ぶと思わなかったのだ。

好きなやつが迎えてくれることがこんなに幸せだとは思ってなかった。

俺も大概惚れてるな…

いつも下ろしてる髪が１つに縛られていて、見え隠れするうなじから目を逸らす。

すると、思い出したように『あ！』と声を上げてAが振り返った。



『降谷零くん、お返事がまだですよ』

｢へ？｣


なんのことだ、何か言い忘れてただろうか。

家に帰ってからのことを一から思い返す。

…あぁ、そういうことか。

なんだか改まって言うと照れくさい言葉だ。


｢…ただいま｣

『ん、おかえり』


もう１度言った彼女は満足そうに微笑んだ。

27話 ▽Night→←25話

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す