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「そういえば、そらるさん。」
「何?」
ヘッドセットを外して、真冬がこっちを見る。その目は俺の手と顔を何度も行ったり来たりしていた。
「婚約指輪、どうしたんですか?」
「は?」
まさか、というような何かを悟ったような顔をした真冬を一蹴して、俺は首元に手を這わせる。着ていたワイシャツの襟の裏、指先に触れた金具をそっと引き上げる。
銀色のチェーンと、それに通された指輪がえりの裏側から顔を出す。
「…あ。」
「俺はネックレスにさせてもらってるの。撮影とかあるし、おおっぴらにつけられないからさ。梓は指につけてるんだけど…」
部屋の電気が跳ね返って、指輪がキラリと光る。
真冬はそれをまじまじと見て、目を細めた。
「幸せそうでなによりです」
「そりゃどうも」
クスクスと笑って、真冬はまたヘッドセットをつけた。
ヘッドセットの隙間から漏れる音楽を聴きながら、指輪をじっと見つめる。
脳裏に浮かぶのは梓の笑顔で、少し頬が緩む。
…視界の隅でスマホが震えたのが見えた。
内容はわかりきっていた。
気持ちが沈んでいくのが分かる。
「……」
画面に表示された文章に嫌気がさした。
先ほどまでの幸せな気持ちを返してほしい。
[こんな人がそらるさんの__]
[犯罪になりかねないと__]
[有害リスナーが__]
……言葉が重い。
「ちょっと、そらるさん」
「…え、あ、何?」
「ここの部分、なんだかおかしい気が……って、そらるさん。どうかしたんですか…?」
「え?」
「顔色、悪くなった気が…」
真冬の心配そうな顔が視界いっぱいにうつる。
瞳が揺れ動いている。
言った方がいいのかな。
でも、まだ、
「大丈夫だよ、最近眠れてないだけ。」
「…もう〜。また梓ちゃんに怒られますよ?今日はいいので、早く帰って寝てください」
「うん、うん…ごめん」
真冬に背中を優しく押されて、そのまま真冬の家から出る。
ズキズキと痛んできた頭に、長いため息がふうと口から出ていった。
梓と暮らすための準備や、俺の活動のこと、最近のリスナーによる目に余る行為への対策……
やることがたくさんあって、ぐるぐると目が回りそうだ。
「梓…」
スマホを取り出す。
画面がふっと明るくなって、画面いっぱいに笑顔の梓がうつった。
声が、ききたい。
相談がしたい。
だけど、
「大丈夫…だよな」
自分で解決しなきゃ。
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こん - 無理しない程度に頑張ってください!応援してます! (2018年10月9日 18時) (レス) id: bc3ee8c138 (このIDを非表示/違反報告)
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