【あんスタ】愉快な夕焼けを【短篇集】 (ページ1)

今日:1 hit、昨日:0 hit、合計:3,104 hit

Splash Marine/ 影片みかページ1

·

「みか」

彼女はその小さな喉を鳴らして自分を呼んだ。喉仏が動くだけなのに妙に色っぽくて、思わず息を呑む。汗で濡れたそこは間違いを犯しそうなほどに誘う。あかんあかん、と理性を掻き集め、誤魔化すように彼女が渡してくれた水を飲んだ。

「なぁなぁお師さん、ここなんやけどさ…」

彼女の寂しそうな目が刺さる。理由も分かるし、自分も同じ立場だったらそういう心情にもなっただろう。だから共感はするのだ。けれどそれに賛同して彼女にまで役を与えることは、きっとお師さんが許さない。まだ観察段階だ、とこの新任プロデューサーの立ち位置を図っているから。自分は何も言えないのだ。

「今日のところはこれで終わりにするのだよ。帰るぞ、影片」
「んあ、待ってぇやお師さん」

バタバタはしゃぐんじゃない！みっともない！とお師さんの叱咤が飛ぶ。彼女は苦笑いをする。さっと荷物を纏めて、お師さんの後を追う。自分が走って起こった風に乗って、ふんわりミントの様な香りが漂う。彼女のものだと分かっているからこそ、勝手にひとりでにやけてしまう。こんな匂いしてんねんや……なんて１人想像してしまうのは最早男子高校生としては仕方ないのだろうか。

彼女に惚れている。
それは最早拭いきれぬ、否定出来ぬ事実だった。

所謂一目惚れ、なんてやつである。同じクラスに転校してきた彼女に初日で一目惚れをして、なるちゃんにさりげなく付いて彼女と話をしたりして。なんとか話を付けて、そろそろライブの近かった自分達のレッスンに付き添ってもらって。ここまでは長い道のりだったなぁ、なんて水を飲んだ。

＿＿水を、飲んだ？

今自分がしていたことに気づく。手に持っているのは彼女が渡してくれた水筒。それは彼女に返さなければいけなかったものの筈で、自分がここで持っていていいものではない。焦ってその水筒を落としてしまえば、先に歩いていたお師さんもふっと自分の方を見た。まずい、これは非常にまずい。どうやって返そうか、明日洗って返すべきか。けれどクラス内ではまだ数少ないプロデューサーを取り合ってたくさんの生徒が取り囲んでいるし、明日の放課後はなるちゃんのところがプロデュースしてもらう予定だと聞いている。

なるちゃんに頼んでおくか？
否、自分の思いを知っているなるちゃんが素直に返しておいてくれるとも思えない。

あぁ、実に困ったものだ。
帰路、夏の夜空に一つ溜息をこぼす。