だれのものにもならないで (ページ15)

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歌い終えると、
帰ろうとおもって立ち上がる。

そういえば、彼の名前を知らない。
だけど自分からそれを問うほど
厚かましいことはしたくなかった。

彼は、ライブのお客様。
それ以上の関係は、いらない。

｢…帰る？じゃあ僕も帰ろうかな」

彼はジャージ姿のままだ。
ランニング、邪魔しちゃったなあ、と
すこし不安におもっていると、
彼がわたしの横で立ち上がった。

わたしより5cmほど高いだろうか、
バレエダンサーのように姿勢が良く、
その背中はすっと伸びていて美しい。

｢あ、そうだ」

彼は思い出したようにじっとわたしを見て、
それから空気を巻き込むように言った。

｢名前、教えて？僕は町田樹」

まちだ、たつき。

｢……音羽です、音羽A」

皮肉なことにわたしの名前には、
音、という字が含まれている。

｢音羽さん、…Aちゃん、でもいい？」

意外と強引だった彼に笑いながら、
いいですよ、と言ってみる。

ほんとうに、彼は話しやすい。

｢わあ、よかった」

安心している彼を見てわたしも笑う。
あたたかい空気がふたりを包んだ。

｢じゃあ、Aちゃん、またね」
｢はい、また」

別々の方向へ歩き出すと、
わたしは温かい気持ちのまま帰路についた。

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