171 『抱いた思い』 ページ22
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不死川はそのベッドの隣に座った。その行動を肯定したいかのように、Aがコクコクと何度も頷く。
「手、手を、握って」
あの男に触られたことを、上書きして欲しかった。というか何ならこの手を切り落としたって良いぐらいだった。もう一秒だってあんな奴のことは考えたくなくて、ただ誰かと触れ合って、その大好きな人の体温を間近で感じていたかった。
不死川はこの言葉には、一瞬眉を顰めた。だがこれは彼女の願いだと自分に言い聞かせ、その濡れて冷えた手を握る。
自分よりも大きく、よく鍛錬されたその手を、Aは強く両手で握り返した。ぽろぽろと、今更のように涙が零れた。大粒のそれは不死川の手も濡らしたが、もうこれだけ濡れている彼らにとってそんなことは些細なことだった。
きゅう、と強く握られている手が、ふたりの体温を通わせる。
Aはもう一度口を開いた。
「抱き締めて」
「……、そりゃあ」
「お願い、ほんと、お願い。抱き締めて。お願いだから」
不死川が反論しかけたその言葉に被せるように、Aは何度も『お願い』と言った。ぎゅうっと手を握って、子供のようにぐずる。流石にこれには躊躇う彼も、この極限状態のAのお願いを、無視はできなかった。
不死川の自由な方の手が、ゆっくりと、躊躇いがちに、彼女の背中へと回される。それからやんわりと後頭部を押さえ、自分の胸板に押し付けた。
ひく、という嗚咽は、嫌に大きく響いた。安心できる彼の胸を濡らし、自分の涙を袖で拭う。拭っても拭っても止まらなくて、Aがそうやって泣いているのを、不死川は黙って聞いていた。
それから。Aは。
また口を開く。こんなことを願うべきではないことは、そんな当たり前のことは分かっていた。けれどどうしても止められなくて、
「抱いて」
不死川の目が、これでもかと、見開かれた。
唖然として声も出ない彼の体に縋りついて、Aは何度目かの、お願いを言った。
雨粒が壁を叩いていた。
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白夜の世界(プロフ) - まくすうぇるさん» ですよね。(真顔) (2020年5月8日 21時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
まくすうぇる(プロフ) - やんでゅぇる (2020年5月8日 21時) (レス) id: db32ad90f1 (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - まくすうぇるさん» ありがとう御座いますっ……!!今回の描写とかちょっと人によってはぐろいってなるかもしれないので、いつも注意書きしているのですが嬉しいです。三人称の小説少ないので、万人受けはしないと思っていたのですが……、結構皆反応してくれますね(笑)。 (2020年5月7日 21時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
まくすうぇる(プロフ) - こういう描写書けるのって凄いです。尊敬します。(※嫌みではないです。純粋にそう思ってます) (2020年5月7日 21時) (レス) id: db32ad90f1 (このIDを非表示/違反報告)
ゆりなんぽん - Ecarlateさん» 途中から失礼します!私も順番知りたかったのでありがとうございます! (2020年5月5日 15時) (レス) id: 3ac698d03c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白夜の世界 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/
作成日時:2020年4月26日 17時