ラスト、サマー《蓮巳敬人》 １ ページ2
蝉の鳴き声が聞こえる。
「はすみぃ、まだぁ？」
彼女の語尾も、暑さにとろける。
情けない彼女の声を背中に受けて、ぴくりとわずかに反応した。敬人の眉間にまたシワが増える。こんなに暑いのだからバテるのはわかるが、こんな冷房が効いた部屋でそこまでだらける奴があるか。
「うるさい」
「えぇ〜！ もう！ ひまひまひま〜！」
「わかった、わかったから少し黙ってくれ」
敬人が今何をしているのか、Aはよくわかっていない。邪魔をするなと言われたのだから、背中をずっと見つめていた。
敬人の本棚のうしろの、ひっそりと隠されるように置いていた漫画を引っ張り出しては読み回して、怒られることにも飽きてきてしまったのだ。
こんなのは全部夏のせい。
全部夏のせいだ。
夏の日、毎年Aは敬人の家に押しかけていた。
そう、遊びに来るというよりは、押しかけるという表現の方が正しいのだ。
何をするわけでもなく、暇だからかまえと言う。ただ小さい頃からそんな調子だったせいか、もう慣れてしまったし、扱いもわかってきた。
多少放っておいても、少しうるさくなるだけ。
静かになってきたら、ちょっと危ない。
そのどちらの結果になろうとも、最後はちゃんとかまってやる。
かまってやるなんて言っておきながら、敬人の方が楽しんでいるような気もするが。
「ていうか、何してるの？」
「さっきも言っただろう。生徒会の仕事だ」
「ほう……」
堅苦しいのは見た目だけじゃないのねぇ。
そんな皮肉めいた呑気な言葉に、敬人は睨むわけでも小言を垂れるわけでもなく、小さくため息をついた。
「こんな歳から仕事持ち帰ってくるなんて、社会人になってから苦労するよ？」
「あぁそうだな」
適当にあしらう。
別に嫌いなわけではないが、彼女とはこれくらいの距離感がちょうどいいのだ。
……ちょうどいい、のだろうか？
その疑問には、長年触れないようにしている。
特に、敬人は。
敬人は、気づかないふりをずっと突き通しているのだ。
言ってから、彼女も気がつく。
社会人になる。だけど彼は、少しそのくくりとは違う気がする。
この家を継ぐのだろうか、それとも今やっているらしいアイドルを続けるのだろうか。
そういえば、未来の話なんてしたことがなかった。
「ねぇ」
「今度はなんだ」
「蓮巳はさ……アイドルやってて、楽しい？」
その言葉に、やっと敬人は振り返った。
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作成日時：2018年9月13日 0時
