第32話 ページ34
冷たい風が吹く真夜中の警戒区域。
上弦の月が照らすその道を、ひとりの高校生が歩いていた。
もちろんただの高校生ではない。“ボーダーの”高校生だ。
廃墟と化したビルを横切り、瓦礫の散乱した道路を平然と進む。
まるで歩き慣れたかのようなその足取りは、いつもより少し重たく感じられた。
本部から遠ざかり、しばらく俯きがちに歩いた後、高校生はぽつりと言葉を零した。
「ムリだよ・・・これ以上、特殊任務なんて続けられない」
その言葉の原因は、つい先程まであった新たな特殊任務の説明会。
例のごとく隊長であるAは時間になっても現れず、仕方なく隊長抜きでの説明となった。
任務の内容は至極簡単。
『黒トリガーを殺して奪え』。ただそれだけだった。
その黒トリガーはいま玉狛支部に出入りしているらしく、三輪隊が動向を監視中だという。
そしてその黒トリガーの持ち主は人型近界民。
どうしても、裏の仕事専門である特殊任務部隊がやらなければいけないらしい。
ほんの数年前まで普通の学生だった自分の頭で、理解できたのはほんの一部だった。
まぁ難しいことは最年長である楓や副隊長である紗夜が全て処理してくれるので、問題ないが。
とにかく今回の任務は今までより格段に危険度が高い。
任務成功をより確かなものにするために、あと数日で帰還する予定の遠征組も起用するらしい。
城戸司令は、とことんまで玉狛と喧嘩をするつもりなのか。
そう思いはしたものの、最年少で所謂みそっかすである自分などに言葉を挟む余裕などない。
与えられた任務を淡々とこなす。それで今まで生きてこれたのだから、今回だって、きっと。
そんな甘い考えを打ち消したのは、紛れもなく自分自身だった。
頭の中に反響した悪魔の声が、自分の心を激しく揺らす。
『どうせお前の出る幕はない。相手が人間である限りはな』と。
嘲るようなその声から逃げるように、そそくさと本部から出てきてしまった。
大丈夫だっただろうか。残っていた仕事を押し付けていたりしないだろうか。
Aのように柔軟な考えが出来ない自分では、きっと隊の荷物になる。
これが、先程の呟きにつながる、今の環の心情だった。
誰もいない夜道でひとり、環は苦しそうに呟いた。
「・・・ダメなんだ。僕の中に、“もう一人の僕”がいる限り」
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作者名：シロナ | 作成日時：2015年7月20日 10時
