重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第90話　引っ越し ページ43

「…なァ。Aの荷物、少なくね？」
「寮生活と実家暮らしが長かったからね」

　日本に帰国した数日後。俺とAは、管理人に引っ越しの挨拶を控え、新居の主寝室に運び込んだクイーンサイズの寝台(ベッド)で寛(くつろ)いでいた。

「A。明日の予定は？」
「８時半までに出勤。退勤後の19時に歓迎会があるけど、二次会があるなら、21時過ぎになりそうだ」
「そうか。楽しんでこいよ」
「ん。楽しんでくる」

　今日の彼女は、帰国早々一族から帰国祝いの宴と、18時には今日まで勤めた会社の送別会に出席。明日、11月１日付で新しい職場に配属されて、慌ただしい日になる。引っ越し業者と協力して、粗方家具の配置が終わり、すぐに使う物以外、他の細々(こまごま)した物は片づけを後回しにしていた。

「…どうしよう。このまま眠りたい」
「気合で起きろ。この後も挨拶回りが残ってンぞ」
「うー…。了解」

　先月の話し合いで、集合住宅(アパート)の隣人と下の階の方々に対しても、引っ越しの挨拶を２人一緒にやると決めていたが、双方、休日に回したいほど今回の事件で疲労している。すると、隣から、枕に後頭部を沈めた状態で謝罪の言葉が聞こえてきた。

「ごめんね、中也。疲れてるのに、力仕事を任せっきりにして」

　小さな事で謝ってくるAが可愛(かわい)く思えて、その頭部を乱暴に撫でた。

「お互い様だし、俺に任せな。今日まで休みだから、遠慮なく甘えろ」
「それは、あたしの台詞(セリフ)でしょう？ 今日の夕食は、何がいい？」
「涼しくなってきたし、温かいモンがいい。あと、重たくないヤツ」
「……。にゅうめんでどう？」
「そうしてくれ」

　夕食が決定したところで呼び鈴が鳴り、寝台から起き上がって、出前の配達員から昼飯の鮨を受け取り、それを食卓で楽しむ。夕方には管理人を含め、隣人と下の階の住人に対しての挨拶と夕食の買い物を終え、要望通りの食品が卓上に並び、その素朴な味に一日の疲れが吹き飛んだ。


　21時過ぎに玄関が開き、赤ら顔のAが自力で帰宅した。

「中也。ただいま〜」
「おかえり。A」

　酔っ払って抱きつく可愛(かわい)い婚約者を玄関先で出迎え、オレンジジュースを飲ませて二日酔い対策を施した後、風呂と就寝の準備を代わりにやっておく。やがて、隣で熟睡したAとは対照的に、胸中に湧き上がる抱き寄せたい衝動と戦い、それを抑えるのに必死だった。

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