重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第69話　打ち合わせ ページ22

「A。それァ反則だろ…っ！」
「中也。…頼むから、耳元で喋らないでくれ。惚れ直す」

　結納をする前の週。
　俺は、自宅の居間で、婚約者を後ろから抱き締めて悶絶していた。
　伸ばし始めた黒髪を、楕円形の白い髪留めで緩く纏(まと)め、美脚を包んだスキニージーンズで全体的に凛とした印象を与えたが、実際は違った。一言断りを入れたとはいえ、薄手の頭巾(フード)付きパーカーを半分脱いだ先に、白いタンクトップが現れたからだ。そのおかげで、ジッパーを下ろす彼女の手が途中で止まっている。

「俺を驚かせるAが悪ィ」
「こんな事で驚くの？」
「普段、身体を露出させる服着ねェから、心臓撃ち抜かれてンだよ」
「なるほど。それなら、あたしは、中也に会う度に蜂の巣にされてる。仕事着とのギャップが善いな。チョーカーしてないから首筋がよく見えるし、手袋をしてないから素手が官能的で、チラ見せご馳走様です。もう存在自体が尊いし、今度、手袋を眼前で外して欲しい。是非、録画させ──」
「飯、食うか？」
「食う」

　抱き締めた格好の儘(まま)、赤面したのは云うまでもねェ。
　徹夜明けで碌(ろく)に頭が回らない状態で俺の家に足を運んだAに、簡単な昼食を振る舞ったが、そのお礼にと律儀に皿の片づけを手伝った上で、保冷鞄(バッグ)から作り置きの料理を手渡してくれた。
　その後、膝枕で１時間ほど仮眠を取らせ、少しでも眠気を取ってからやんわり起こす。眠気覚ましに洗顔を促し、西洋生菓子(ケェキ)と珈琲。Aにはカフェラテを作ってやって並べてから、お互いが、新婚旅行までの流れを大まかに記した手書きのノートを持参。または部屋から持ってきて、テレビ前にある脚の短い机(テーブル)にそれを広げていく。今日は、雑誌やらノートパソコンでサイトやらを開いた状態で、その詳細を余白に書き込む作業が、最終的に決定するまで続いていく。

「……なんとか纏まったな。ラテのお代わり、要るか？」
「あ、うん。お願いします」

　３杯目のおかわりを機械で注いでいる最中、窓から差し込む黄昏色の光を浴びている事に気づいて、壁掛け時計に視線をやると、もうすぐ18時になろうとしている。飲料が仕上がるまで数分待ち、お互いにカップの縁をぶつけ、かつんと短い音を鳴らした。

「お疲れ様。中也」
「Aこそ、お疲れさん」

　談笑後、来月末に寿退社予定の会社の社員寮まで、自分の愛車で送っていく。

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