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じんわりと溶けるように落ち着いた心。
どこまでも優しいその手に、いつしか私の涙は止まっていた。
「ごめん精市……。
私酷いこと言ったね」
五感を奪って、なんて言っていい言葉じゃない。
以前蓮二に聞いたけど、精市が五感を奪うのは試合の中だけで、それもわざとじゃない。
精市のプレーに隙が無さ過ぎて、その恐怖によって相手がイップスに陥ってしまう。
イップスは、そう簡単には治らない。
五感はすぐに戻っても、テニスコートに立つと恐怖で体が動かなくなり一生テニスができなくなってしまうこともある。
現にプロの世界でも、イップスで引退する、なんて話はよくあるらしい。
イップスとは、言うならばトラウマ。
簡単には外れない、鎖のようなもの。
精市はきっとそんな事は望んでいないはずだ。
罪の意識に苦しむことだってあるのだろう。
だけど立海のため、最後まで彼は勝利だけに拘った。
本当は誰よりも優しい人なのに。
だから、そんな彼に五感を奪えなんて、酷い話だ。
「別に気にしてないよ」
「本当にごめん。
八つ当たりだった」
私はいつも精市に甘えていたのかも知れない。
私が泣いたら黙ってジャケットをかけてくれて。
私が笑ったら一緒に笑ってくれて。
私が何をしても、ずっと側にいてくれた。
きっと私の嘘は全部、見破られていたんだろうな。
「精市、ありがとう」
「いーえ」
2人で並んで空を見る。
ドンドンと太鼓のような音を響かせて、フィナーレを報せるような空いっぱいの華。
私は咲く瞬間よりも、薄れていく色の名残が好きだ。
募る寂しさが、しとしとと心に降り積もっていく。
その瞬間が、たまらなく切ない。
ひゅるひゅると鳴く空に、終わりを告げる大きな華が一輪咲く。
先程までつまらなく思えていた光景が、何故だか宝石のように輝いて見えた。
「来年も、一緒に見れるといいな」
誰かが呟いたその声は、夏の終わりを静かに報せる。
また来年、それは叶わない。
だからこの光景を瞼に焼き付けておこう。
風の冷たさに泣いてしまわないように。
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はる - めちゃくちゃ面白くて短時間で一気に読んでしまいました。更新待ってます^ ^ (2022年1月25日 4時) (レス) @page40 id: aae421ef6f (このIDを非表示/違反報告)
かるぴん(プロフ) - 面白くて一気読みしました!とても心が動かされました。続きがあったら見たいです。お体に気をつけて。 (2021年3月20日 2時) (レス) id: e2b715c702 (このIDを非表示/違反報告)
スノウ - 更新されてる〜!嬉しい!そして返信ありがとうございます!もう物語も終わりに向かっているようで、寂しいような、でもどんな結末になるか気になるような…複雑な気持ちです(笑)次の更新も楽しみです。こんなご時世ですので、お身体には気をつけて、ご自愛ください。 (2021年1月13日 2時) (レス) id: 4b5dbbee1a (このIDを非表示/違反報告)
yum(プロフ) - 久しぶりにお邪魔したら更新されていて、とても嬉しかったです。情景が浮かぶ描写、キレイなことば、涙があふれます。ただ、愛が欲しかった…本当に大好きです。 (2020年7月22日 15時) (レス) id: 59466218f8 (このIDを非表示/違反報告)
SHINO(プロフ) - 名無し96398号さん» ありがとうございます!ご期待に添えるようにがんばります! (2020年6月22日 16時) (レス) id: 59abf06d02 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:SHINO | 作成日時:2017年4月5日 11時