ci…最後まで笑顔で(1) ページ23
「…はーっ」
浴槽の縁に頭を付けて天井を仰ぐ。
すると、俺の胸元にAが同じように頭をつける。
「どうしたん?」
「んーん」
静かな浴室に二人の声が響く。
長湯し過ぎて逆上せたのか、ぼうっとする頭で考える。
「こんなんも最後やな」
「そうだね、今日で終わり」
もうすぐ、こいつは親の決めたよく知らん男と結婚する。
飲み会で出会って、何度かデートして、俺の家に連れてきた日に大泣きしながらその事を話してくれた。
「もう泣かへんの?」
「ん〜…もう、出なくなっちゃった」
俺から体を離して、膝を抱えるAの小さな背中を撫でる。
こんな強く抱いたっけ、俺の指の跡が付いてしまっている。
「んふふっ、はははっ」
「急に何?」
「もうさ、ドタキャンしてもうたら?」
「…バカじゃないの?」
振り返らずに言うAの声が上擦る。
『好きになったらダメなの』
あの日泣きながら言われたけど、もうその時には俺のこと好きやったんちゃう?
自惚れかな〜。
俺はさ、言うたよ。このチャンス、逃したらあかんって。
『それまででええよ、お互い好きにならんかったらええよ』
離されへんかった時点で、好きやってん。
限られた時間だけでもええから、俺だけのものにしたかった。
「…もう決めたからいいの」
そう言いながら俺に背中を向けたまま風呂から上がるAを、追うように俺も脱衣所へ入る。
それ以上、踏み込めへん気がして、あの日言ってしまった言葉を後悔しながら、髪を拭いていると背中にAの指先を感じた。
「ん、何?」
「……めんね」
小さく聞こえた声。背中に感じた、小さな柔らかい感触。
振り向くと、Aは下着姿で髪が濡れたまま脱衣所を出て行った。
「A!」
追えば寝室へ行き、見れば今日着てきた服に着替えてて。
「こんな時間にどこ行くん!もう終電ないで!?」
「帰る」
「帰るって…何でそんな急に」
「帰るの!!やっぱもっと早く終わらせとけば良かった!!」
「あかんって、ちょっと落ち着け!!」
Aの細い腕を引っ張るけどその顔を見たら、あの日離すべきやったように、今離すべきちゃうかって思った。
「……出会わなきゃ良かった」
下唇を噛んで、涙を必死に堪えるA。
「本当は、終わりなんか嫌なのにっ」
何で俺はもっと早く終わらせてやれへんかったんやろ。
その場凌ぎに気持ちを隠して、本当は俺も嫌な筈なのに、へらへら笑って。
「どうして嫌いって言ってくれないの…」
やって、好きやもん。
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作者名：芝谷
| 作成日時：2020年2月1日 16時
