運転手の話 ページ32
彼女はその時、朝早くに起きてから差し入れのレモンの蜂蜜漬けを持っていく。
リュックに詰めて、背中にからうと家を出て行く。
此処には彼女以外いない。
１人で使うのはあまりにも広過ぎるその空間に、彼女は「いってきます」の一言もなく家に鍵をかける。
セキュリティの多いマンション。
その最上階に彼女は座す。
「あら、今日も海賊みたいにカッコいいわね」
「おはよう。そうじゃろう？」
黒い眼帯をしてる彼女にそう言う４０代の女性に彼女は褒め言葉と受け止め女性に手を振る。
「でもちょっと男の子っぽくないかしら？それにもう少し女の子らしい口調をしたほうが……」
「これでよいのじゃ。いってきます」
「あぁ……はい。いってらっしゃい」
彼女はさっさと話を済ませてその場を去る。
リュックは彼女の数倍も膨らんでいる。
その荷物を持って、目の前にあるタクシーへ歩む。
タクシーのドアにはタクシードライバーが立っていた。
「おはようございます」
「どうも」
「今日はどちらへ？」
「学校に決まっておろう」
彼女が入ると自動的に閉まる扉。
運転席へドライバーが乗ると、エンジンを掛け始めたが同時にロックな音楽も流れる。
「………お前、朝から煩いのう。こんな爆音鳴らしてたら、鼓膜破れるぞ」
「ああ、私のお気に入りの曲なんです。いやあ、ギターのクセが良いんですよ。ボーカルの人もクセがあるでしょう？」
「お前、熊本から静岡までライブチケットを取って観に行く熱狂的なファンか？」
「中の人の学生時代の先生の話はわからないでしょう。……それにしても、お嬢様はユニークな考えをお持ちですね。まさか、送迎用の車をタクシーとその運転手に扮するとは。さすが、野放しにすると何しでかすか分からない愉快犯ですね」
「……」
図星か何も言わない。
だが、昔のことを懐かしそうに思い出していた。
「向こうはどうだ。私も雑用程度に手伝っているが、きょうだい達は元気かえ？」
「ええ。皆さま口を揃えて『スノウの口調おかしくない？日本のアニメに感化されちゃったかな』と言っております」
「やかましいと言っておけ」
「長兄様から『それでも私はスノウのお兄ちゃんだよ。その時期の学生には自然なことだ。安心していいよ』と仰られていました」
「『死ね』と書いておけ」
「仲が宜しいことで何よりです」
こうして朝から青筋を立てながら、学校へ行くのが彼女の日課である。
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作者名：ほんばし | 作成日時：2022年5月6日 16時
