6メートル ページ6
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「あーつまりAさんは青春していらっしゃるのね」
「いやなにその結論」
閉じた本を開いて栞を抜き取りながら、彼女はニヤリとする。
「好きな人の恋を応援、か」
「したくないけど」
「でも幸せにはなってほしいんでしょ?」
「まあそうなんだけどさ……」
私が、って。
私を選んでほしいって。
そうじゃなきゃ誰の物にもならないでほしいって。
「性格の悪い発想がよぎる」
「まぁ、誰でもそうなんじゃない?」
「そういう物?」
「うん、たぶん」
「終止符は打てない?」
「そう簡単にはね……」
そう言うと彼女はまた、トン、と本を閉じる。
夏目漱石の、『こころ』。どんな話なのか詳しくは知らないけれど、
「夏目漱石か……」
その名前を見て、ふと脳裏によぎったものがあった。
なに?と首を傾げる彼女に、私はクスリと笑ってみせる。
「木兎には通じないよね」
「え、なにが?」
「ん?」
椅子の下で足をぶらぶらさせながら、首を横に振る。
「何でもない」
一瞬の妄想に頭をもう一度振って、さてと、と立ち上がった。
「あれ、もういいの?」
「うん、ありがとう」
椅子を定位置に引っ張っていって、席につく。
――月が、綺麗ですね。
初夏の青空に向かって、呟いてみる。
夏目漱石が「I love you」の意訳にその言葉をあてたという逸話は、かなり有名だ。
でもたぶん、木兎はそんなことを知らないから、「おう、綺麗だな!」とでも言って終わってしまうんだろう。
きっといつも通り、こっちの気なんて知らずに終わらせてしまうんだろう。
それでもいいかもしれない。
私の気が済めば、それで。
死んでもいいわ、なんて期待しないから。
でもね、木兎。
私は木兎のためなら、心の底から言えてしまうから。
馬鹿で、単細胞で、コドモみたいで、そんなあんたが大好きだから。
貴方が死んでくれなかったら、しばらくは貴方の好きな誰かを恨んでしまうかもしれない。
それでもいいですか、なんて訊けないでしょう。
「おはよう!」
空気を読めない単細胞は、こんな時も大口を開けて笑って、こんなタイミングで入ってくる。
「おはようA!!」
ばか。
「おはよう、木兎」
こうやって笑って、馬鹿みたいに笑って、
こんな日常がずっと続けばいいのに、なんて思ってしまう。
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ティラミルク(プロフ) - おこめさん» 返信が遅くなり申し訳ありません。夏目漱石のこころ、いいですよね(*'▽')読破済みの方と出会えてうれしいです!二回も高評価を……何とも嬉しいお言葉!かっこかわいい木兎さんをお届けできたようでなによりです。コメントありがとうございました。 (2020年6月26日 23時) (レス) id: 5de232f7c7 (このIDを非表示/違反報告)
おこめ(プロフ) - 本当にいい作品です!!夏目漱石のこころ、私も読んだことあります!!あああああああああもう木兎さんがカッコよすぎます!それでいて可愛いです。つい勢いで1番いい評価2回も押してしまいました笑 (2020年5月19日 9時) (レス) id: 4a878294b2 (このIDを非表示/違反報告)
ティラミルク(プロフ) - 百合郷さん» コメントありがとうございます(*^^*)こんなにお褒め頂けるなんて恐縮です!少し先の話になってしまいますが、そのうち番外編を追加する予定なので、よろしければその時も見て頂けると嬉しいです(*'▽')木兎さんのキャラがつかめていたようで良かったです(笑) (2019年12月16日 18時) (レス) id: edef360b1e (このIDを非表示/違反報告)
百合郷(プロフ) - 完結、お疲れ様でした!遅ればせながらも、最終話まで拝読させていただきました。題名と内容がとても考えられたもので、木兎さんの台詞が本当にそれっぽいなぁと、楽しませてもらいました。素敵な作品をありがとうございました! (2019年12月15日 23時) (レス) id: 5fdd484f6d (このIDを非表示/違反報告)
ティラミルク(プロフ) - 優麻さん» かっこいい木兎さんを感じていただけて良かったです!ありがとうございます! (2019年11月20日 22時) (レス) id: 9b0bde0b73 (このIDを非表示/違反報告)
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