【歌い手】シェアハウスでの日常。season12

＊３８０＊人の気持ちを察する ページ5

「いらっしゃいませー！」

接客が板についてきた様子の96ちゃんの声。
ランチの時間は、いつもと同じくらいのお客さんが来る。

また、扉が開いた。

『いらっしゃいま、』

元気よくそう言おうとしたが、

「っ」
『！？』
「A〜！びすくん連れてきちゃった〜」

動きが、固まった。
にこやかに手を振るまふくんに、ぎこちない笑顔を向けることしかできない。

『あ、う、うん』
「A？」

不思議そうに私の顔をうかがうまふくんに悪意は無いのだろう。
けれど、このタイミングでびすさんを連れてきてほしくはなかった。

まふくんの後ろで、びすさんはぴたりと硬直したまま。

けれど、私に見られていると気づいた瞬間にぱっとまふくんの服を握って。

「まふくん、…行こ」
「えっ！？びすくん、でもお昼ごはん」
「いつものとこでいいから…！」

戸惑いがちのまふくんをぐいぐいと引っ張って、出口へと向かう。

『びすさん、』

私がそう声をかけるも、びすさんはこちらをチラリと見ただけで声をかけることはなかった。
そのまま、「びすくん！？」と焦っているまふくんを引きずって、外へ出て行ってしまった。

呆然とする私に、後ろから96ちゃんが声をかける。

「…A？びすくんと何かあったの」
『……あった、かも』
「そっか！大変だねー」

私の表情を見て何かを察してくれたのであろう、96ちゃんは軽く流してくれた。
去り際に、ぽんと肩を叩いてくれる。

そっと、その体温が残るところをなぞった。

…96ちゃんは、こうやって人の気持ちや場の雰囲気を察するのがとても上手い。

確かに空気を読まない行動をすることもあるけれど、それは“空気を読まない”ことによって、“その場の空気を変えよう”としてくれているのだ。

…やっぱり、今のシェアハウスにいなくてはならないのは96ちゃんだ。


そう、改めて思った。

＊

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