朝風から見えし翠 ページ2
びっしょりと汗を大量にかいた状態で起きる。モンド唯一の雪山に閉じこもっている筈なのに、おかしな話だ。
酷い記憶の夢で、あれからわたしは体の一部を欠損した状態で暮らすことを強いられた。それから何百年も経っているので、その人間たちは死んでいることは容易に想像がつく。
「おはよう、よく眠れた……様子ではないね」
何故か吟遊詩人こと昔からの腐れ縁のウェンティがわたしに近寄って、リンゴを手渡して来た。赤い果実を頬張る余裕という食欲は無いので、そっと返却して断った。すると彼は特に表情を崩さず、赤い果実にかぶりついた。しゃくとその音が、雪と風を防ぐ洞窟内に木霊する。
「どうしたんだい?Aの最高の友人であるボクにすら言えないことかい?」
最高に胡散臭いの間違いではないのか言いたくなったが、ぐっと飲み込んでいた。横では未だにリンゴを頬張っていたが、小さくなっているのでなくなるのは時間の問題だ。
「例えばだけど、イヤな夢を見たとか?後は、ボクに逢いたくて逢いたくて仕方がなかったとか?そっちだと嬉しいな」
わたしの頬をつんつんと指先でつつく。彼が先程まで手にしたリンゴは影も形もなく、芯だけになった。嬉しそうに吐露するウェンティを他所に、先程の彼の言葉を思い起こす。
わたしは悪い夢を見ていた、昔のあった嫌悪の出来事がそのまま出てきたようだ。
「……A、寒いんだ。ボクを温めてよ。火をつけられないから、温もりが恋しいんだ」
そう言いながら、横から腕を柔く伸ばして抱きしめてくる。わたしは半分人間があるので、人肌はあるのだろうがあまり温度を感じられない存在にやられるとこちらが逆に寒い。
じたばたして、離してもらおうと暴れる。上からがっちり押さえられているから無意味だ、そんな細腕からそんなパワーが出せるのかと疑問しかない。
「もーそんなに拒絶しなくて良いじゃん、ボクが嫌いって言いたいみたい!」
突然の行為なだけで、別にそこまでじゃない。それをやめて欲しいだけ。
そんなに寒いんだったら、こんな雪山の奥に来なきゃ良いのに。
「今の君、寂しそうな顔をしてないよ。すごく良い顔をしてる、ボクが2番目に好きな顔」
真ん前に回って、蒼と翠の交じった瞳を向ける。すごく優しく、昔に見た慈しみに溢れた眩しすぎる感情がたくさんあるように見える。
その瞳の中に映るわたしは呆けているものだ。すると彼はくすくす笑って、また抱き直してきた。その動作で、ふわりと微風が舞った。
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