黒百合の勝鬨【石田三成】弐 (ページ13)

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カワイソウな人ページ13

Aがいなくなったことに真っ先に気がついたのは三成だった。
「しばらく一人にしてください」と言われて席を外し、改めて日没寸前に様子を見に行くと部屋に姿がなかったのだ。

脳裏に過ぎるのは天海の言葉に激しく動揺していたAの姿。
まさか本当に天海たちの元へ行ってしまったのかと一瞬考えてしまった。

三成はすぐに家康の元へ向かい、Aが消えたことを伝える。

「早々に支度しろ家康。まだそう遠くへは行っていないはずだ」

踵を返し、Aを連れ戻すため部屋の敷居をまたいで外に出る。
しかし何か異変を感じて再び家康の方を向いた。
彼はぴくりとも動こうとしない。

「何をしている。こうしている間にもAが」

「いや、いいんだ。姉上が決めたことにわしがとやかく言うつもりは無い」

「……は？」

家康は俯いて悲しく笑う。
本当はずっと傍にいてほしい。
良き世の中にするため議論を交わし、信念のため共に戦場を駆けていたい。

だが時折、Aは戦場にいるべきでは無いのではと思ってしまう。
本来の“姫”としての立ち位置に戻すべきではと思ってしまう。

父の遺言で家康が成人するまで守役を任されていたが、その必要性は当の昔になくなった。

「ここが潮時なのかもしれないな。これを機に姉上が“二剣”ではなく“姫”として戦場から足を洗えるならそれはそれで……」

思わず本音を零した家康の胸倉を三成が掴みあげた。
急に視界に現れた友の顔は憤怒に満ちている。

「本当にAがそれを望んでいると思うか？」

「……いなくなったのが何よりの証拠じゃないか」

三成の手を振りほどく。
そのまま黙り込んだ家康を見ていられなくなった三成は舌打ちをして再び背を向けた。

「……ならば好きにしろ。私は今から豊臣軍の(・・・・)Aを連れ戻しに行く」

障子が大きな音を立てて閉まり、その空間に家康だけが残された。
行き場のない感情に苛まれ、何度か深く息を吐く。

耳鳴りと共に聞こえる古い雑音。
それはAに向けられた言葉の数々。

『跡継ぎとして育てられたのに不憫ね』

『もはや用済みよ。近いうちにどこかへ嫁ぐわ』

『あんな男勝りで家事も出来ない娘を誰がもらうというのよ』

幼い家康でもそれがAを馬鹿にしている言葉だと理解出来た。