立場 ページ11
尭光と天海が屋敷を去った後、 家康はAが休む部屋の前に立っていた。
障子に手をかけようとして、その手を引っ込める。直接話せる勇気がなかった。
「わしは今からあなたに酷なことを言う」
障子越しに聞こえる家康の声にAはうずくまりながら耳を傾ける。
「母上のことは諦めてくれ」
告げられた残酷な一言。
Aは微かに息を呑んだ。
今は“徳川”にとって大事な時。
戸田家といざこざしている暇なんてない。
頭では分かっていても、心がついていかなかった。
家康の姉として、真喜姫の娘として、色々考えるあまりAは何も答えることが出来ず、遂には耳を塞いだ。
「母上のことを話せば、きっと戸田の屋敷へ行ってしまうと思った。戸田の人たちは姉上ならきっと歓迎する。あの叔父上も姉上が味方につけば喜ぶだろう」
さっきまで尭光と言い争っていた家康の心には、尭光から言われたたくさんの理不尽な言葉のトゲが刺さっていた。
そのトゲのせいで普段なら少しで済んだ姉に対する嫉妬心が肥大化する。
「だが、あなたは徳川の人間だ。それだけはどうか忘れないでいてほしい」
*******
日没前、赤く目を腫らしたAは井戸の前に立っていた。
家康に言われた言葉がずっと胸の内で燻っている。
泣きそうな顔を清めるため井戸から水を汲んでいると、不意に後ろから声をかけられた。
「Aちゃん、大丈夫?」
声をかけてくれたのは先輩の女中。
彼女は心配そうにAの顔を覗き込んだ。
「はい、大丈夫です」
今の顔を見られたくないAは手拭いで顔を隠しながらいつもの声色で答える。
「さっき聞いたんだけど、お母さんが危篤状態なんだって?」
「……ええ、まあ」
「なんですぐ行ってあげないの!もしかして、上から何か言われたの?」
姉御肌の彼女はAが答えられないと悟ると大きくため息を吐いた。
「あの人たちは人の心が備わっていないのかしらっ!いいわ、あたしがついて行ってあげる」
先輩女中はAの腕を引くと、駆け足で裏門へと向かった。
幸か不幸か三成や家康は近くにいない。
「あの、ほんと大丈夫ですから……」
「何言ってんの!もう二度と会えなくなるかもしれないんだよ!もし上に見つかったら全部あたしが責任を背負うから大丈夫よ」
頼もしく笑う先輩女中。
彼女の後を追って走る度、微かに酒の匂いがしていた。
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作者名:三楓 | 作成日時:2019年10月28日 22時