二枚舌 ページ48
雨が少しずつ弱まると同時に、段々自宅へと近づいて行く。
私が一人暮らしをしている家は引っ越してくる少し前に塗装し直されたばかりの二階建ての借家で、私の他にも住人はいるようだけれど二、三人としか顔を合わせたことが無かった。
「この辺りでいいよ。ありがとう幸村君」
幸村君にお礼を言って弱まった雨の中を小走りで駆けようとしたその時、幸村君が自転車のハンドルを握っていた私の手を掴んだ。
「な、なに?」
突然のことに驚き、反射的に後退りをしてしまう。幸村君はそんな私の反応を見て僅かに眉を顰めた。
「……本当に忘れてしまったのだな。すまぬA殿、忘れてくれ」
ずきり、とまた胸が痛んだ。
私は忘れてなんかいない。
幸村君と仲良くしていたことも、酷いことを言ってしまったことも全て覚えている。
それでも私は彼の優しさを踏みにじらなければならなかった。
だってそうじゃないと……
あの言葉を認めてしまうことになる。
「そう?じゃあ、またね」
からからと自転車のタイヤを動かしながら、私は借家の駐輪場まで幸村君の方を振り返らず駆け出した。
この痛みは気の所為だと自分に思い込ませる。
この嘘は正当なものだと自分に言い聞かせる。
階段を一気に駆け上がり、トートバッグの中から家の鍵を探して家の中へ入ろうとしたが
「あれ?あれっ!?」
トートバッグの中に手を入れても鍵がない。
どこかに落としたのだろうか。
探しに行こうと階段の方へ向かっても再び雨が強さを増していく。
「……最悪だ」
自然と大きな溜息が出る。
きっと嘘をついた罰が当たったんだ。
家のドアの前に座り込んで大家さんが仕事から帰ってくるのを待った。
あと一時間程度あるがそれしか家に入る方法はない。
自分の不幸さを嘆いて顔を俯かせていると、階段から誰かが上がってくる音が聞こえてくる。
隣人の人ならいけないとその場から立ち上がり道を譲ろうと端に避けるが、上がってきた人物は真っ直ぐ私の方へ歩みを進めた。
「……本当に貴様という奴は」
「三成君?どうしてここに?」
私の目の前に立つ三成君はポケットから何かを取り出し、それを私の前に差し出した。
それは紛失していた私の家の鍵。
「これ……」
「わざわざ届けに来たのだ。感謝しろ」
手の中に落とされた鍵を見て、私はきゅっと胸が苦しくなる。
あぁ、罰なんかじゃ無かったんだ。
私がついた嘘は、間違ってなかったんだ。
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三楓(プロフ) - なりさん» コメありがとうございます!私の作品を楽しんでいただきとても光栄です。三成様のヤンデレいいですよね(*´∀`*)これから段々病んでいく予定なので楽しみにしていただけると幸いです! (2018年8月15日 23時) (レス) id: ed4329dbeb (このIDを非表示/違反報告)
なり - 三楓さんの書かれるお話が本当に大好きです。色々な小説を読んできましたが三楓さんの小説が私にとっては一番楽しく読めるものでした。これからも更新楽しみにしております。三成のヤンデレ小説最高です。 (2018年8月15日 1時) (レス) id: b82bc533b6 (このIDを非表示/違反報告)
三楓(プロフ) - ryuryuさん» コメありがとうございます(*´∀`*)ちまちま更新ながらも応援して下さりありがとうございます。とても励みになります! (2018年7月30日 23時) (レス) id: ed4329dbeb (このIDを非表示/違反報告)
三楓(プロフ) - 那覇さん» コメありがとうございます(*´∀`*)執筆中はゲシュタルト崩壊して「ん?」となってしまう時がありますが、そのように言って頂けてとても嬉しいです!これからも頑張ります! (2018年7月30日 23時) (レス) id: ed4329dbeb (このIDを非表示/違反報告)
三楓(プロフ) - 梨湖さん» コメありがとうございます(*´∀`*)前作に引き続いてのヤンデレですが(笑)楽しんでいただければ幸いです! (2018年7月30日 23時) (レス) id: ed4329dbeb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:三楓 | 作成日時:2018年7月3日 18時