検索窓
今日:14 hit、昨日:22 hit、合計:9,908 hit

第壱百弐拾弐話 ページ23

悲しくて哀しくて堪らない、泣きそうな声。

そんな声ばかりを思い出す。


もし、今も同じように泣いているのなら、今度こそ――――





「約束、したもんな。……待たせちまって、ごめんな」


大切な約束をした。
彼女に願われて、そして自分も願った。

桜色に染まった世界の中、この手はようやく彼女に辿り着く。


「A」


小さな手を傷付けぬように。震える細い背中を壊さぬように。

思わず抱きすくめてしまいそうな衝動を押さえて、そっと触れる。

きっと沢山泣かせてしまった。
その傷ごと包み込むように、持ち得る限りの愛おしさを籠めて優しく、優しく抱きしめる。


「なァ。こっち、向いてくれ」


乞えばか細い息が小さく揺れる。

そうして、ゆっくりと振り向いた顔は泣きじゃくっていて。


「…………っ、」


陽だまりの溶けた涙が、音も無く零れ落ちていく。

その柔い頬を包み込めば、邪魔な革手袋を取り払った手に熱が伝わった。


「っ、おにい、さ、……」
「ああ。此処にいる」


嗚咽混じりの声に応えれば、また泣き出してしまう。

だけれど、桜色の光の中で聞こえる声は何処か温かくて安堵する。



ああ、でも、笑ってほしい。


叶うのならば、どうかこの手で。



「なあ、A。好きだ」


気付けば自分でも不思議なくらい自然に、想いが溢れ出す。

すれば、一瞬止まった呼吸。
泣く事すら忘れて、Aは静かに静かに驚いていた。

涙を湛えると本当に溶けてしまいそうなくらい透き通った瞳は真ん丸で。
これでは溶ける前に零れ落ちてしまいそうだ、なんて。

何方にしても困るのに、そんな姿すら愛おしいと思ってしまう。



涙脆い癖に不器用にしか泣けない彼女の隣にいたくて。いてほしくて。


桜の花のように優しく笑う彼女を、誰よりも何よりも愛している。



お兄さん、と口の形だけで紡がれたそれに苦笑する。


「名前、未だ教えてなかったな」


それをAは既に知っている。けど、そうじゃない。

情報なんかじゃなくて、一人の人間としての名を知っていてほしい。


「中原中也。俺の、名前だ」


仮令この身が抱えるのがどんな始まりでも。

それでも、この名を呼ぶ声こそが己が己である証なのだと教えてもらったから。



だから、どうか――――



「名前、呼んでくれねぇか?」



そう云って、少しくすぐったそうに微笑んだ。

第壱百弐拾参話→←第壱百弐拾壱話



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (23 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
57人がお気に入り
設定タグ:文豪ストレイドッグス , 文スト , 中原中也   
作品ジャンル:恋愛
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

雪白(プロフ) - 雪さん» コメントくださりありがとうございます。そのように仰って頂けて大変嬉しいです。ただ、現時点ではあまり続編を書く予定はありませんね…。ご期待に沿えず申し訳ございません。拙い作品ですが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。 (7月5日 17時) (レス) id: a24e144b4a (このIDを非表示/違反報告)
- とっても素敵な話をありがとございます🌸話の流れからしてこれで完結のようですが、死の家の鼠編やそれ以降の話はやったりしないのですか? (7月3日 14時) (レス) @page34 id: 685216d62e (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:雪白 | 作成日時:2023年2月25日 9時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。