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「そこからがまた大変。
体中痛いしぐるぐる巻きだし。
大人は特に怖かったから何度も逃げようとした」
訳もわからず怒鳴られて追い掛けられて……
善意と悪意の区別をつけられなかった。
人の感情に触れてこなかったから。
「自分の名前もわからなかった。
母親に呼ばれた記憶かないから。
オーナーたちも大変だったと思うよ。
言葉が通じないんだもんな。
まぁ結果的に餌付けされたんだけど。
あ、名前と戸籍はオーナーがくれた」
くすくすと笑う。
笑う所なんて１つもないのに。
当たり前だったものを全て奪われるのと当たり前のものをを与えられなかったのと……
どちらがマシなのか……
人として足りないものだらけ……なんかではない。
与えられていなかったのだ。
当たり前を教わっても根本的な情緒がわからないから不安定なままだ。
皆の言う通りだ。
………自分の方がマシ。
「………はぁ……
おまえもかよ」
ふわりと温かいものに包まれる。
「なんで皆、人の話聞いたら泣くかなぁ。
俺は生きてるし人並みの事は覚えたし……
まぁ何か足りないのはご愛嬌？」
優しい声と背中を撫でる手。
この人が哀れで……自分がどれ程恵まれていたか思い知る。
「おまえも皆も優しいね」
引っ付き魔なのは幼少期に抱き締められた記憶がないから。
大きくなってから、その心地好さを知ったから。
……暫くして落ち着くと……恥ずかしい。
人の話を聞いて泣いて抱き締められているこの状況が。
恥ずかしくて身動くと潤を抱き締める腕の力が緩んだ。
「落ち着いた？」
「あぁ、ごめん」
するりと腕が外れる。
外れた手が頭を撫でて行く。
「コーヒーおかわりする？」
「うん」
「入れて来るから見とけば」
智は空になったコーヒーカップとケーキの皿をまとめて持ってキッチンへ行った。
その後ろ姿を見ながら封筒を開く。
中に入っている紙を取り出した。
開いて見ると……
父親からの手紙だった。
母親も姉も無事である事。
今は父親の友人の所に身を寄せているそうだ。
一緒に連れて行けなかった事、連絡出来なかった事への詫びが書いてあった。
そして新しい携帯の番号が３人分。
よかった……
もう２度と会えないのではないかと最悪の事も考えていた。
ほっと詰めてた息を吐き出した時、目の前にコーヒーが置かれた。
「どうだった？」
「無事だった」
「そっか……」
穏やかで優しい笑みに見ているこっちがほっこりする。
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作者名：蒼羽
| 作成日時：2020年2月10日 8時
