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雷神の、少しとよみてふらずとも【我妻善逸】 ページ10

憂げな顔。
いつも彼女は、善逸と話している時、同じ顔をする。

最初は自分の話がつまらないのだろうかと悩んだのだが、近頃、そうではないことに気がついた。

「Aちゃん?」

今も、憂を帯びている彼女に、善逸は声をかけた。

パッと顔を上げたAは、本当に嬉しそうな顔で善逸を見る。

彼女が何を憂いているのか、善逸はわかっていた。
自慢の耳で、彼女の今の気持ちを聞き取ったからだ。

本当は、自分の聴覚には頼るつもりはなかった。彼女の方から直接、善逸に何かを言ってくれるのを待っていたのだが、控えめなAは絶対にそんなことは言わなかった。

彼女からは、いつも、悲しそうな音がしていた。

彼女は人一倍努力をしていたのに、呼吸が使えず、剣士になることはできずにいたから、それを憂いているのだろうと、ずっと思っていたが、そうではないらしい。

(だって、Aちゃんの、俺を見る目が…声が…音が…)

全部、愛おしく、悲しく、情けない自分を責めているように感じたから。
それは、いつも、善逸を見る時だけだった。

炭治郎と話していても、伊之助と話していても、ましてや柱たちと話していても、彼女はいつも気丈に明るく振る舞っていた。それに合わせるように、音も明るかったのに。

どうしてだろうか、と疑問に思っていたある日のこと。

晴れ渡る空の眩しい、夏の日だった。

「耐えられないの…貴方が、私の側を去ることが…」

泣きそうな声でそう呟いたAの顔は見えなかった。
小刻みに震える体を抱き寄せようとしたが、行動に移せなかった。

約束できなかったからだ。

いつか、善逸は彼女を置いてこの世を去るかもしれない。
その時、彼女をどれほど悲しませるかなど、今の【音】を聞けばわかることだった。

「雨が降って欲しい。雪になって欲しい。雷が轟いて、風が吹き荒れて欲しい。できるだけ、貴方が私の側を離れないように」

懇願のような声は、少し、雷鳴の音に紛れて聞こえづらかった。
彼女もそれを望んだのだろう。

聞こえないフリをした。彼女が望んでいたから。

(ねえ、Aちゃん。天気が良くても、悪くても…俺は、ずっと君と一緒にいたいと思ってるんだよ)

その言葉も、飲み込んで。

***

雷神の 少しとよみて 降らずとも
我はとどまらむ 妹しとどめば

───────柿本人麻呂


「天気などは関係なく、君がここにいてくれるなら、私は共にいましょう」
万葉集より

《お題箱》→←むなしくて、明けつる夜はのおこたりを【冨岡義勇】



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もも - カケさん» ????? (3月14日 15時) (レス) id: 12bc70a190 (このIDを非表示/違反報告)
松々先輩(プロフ) - カケさん» リクエストでしょうか…? (3月14日 13時) (レス) id: 0b2f636a57 (このIDを非表示/違反報告)
カケ - いかにして 過ぎにしかたを 過ぐしけむ 暮らしわづらふ 昨日今日かな (3月14日 10時) (レス) id: 7739bf6d58 (このIDを非表示/違反報告)
松々先輩(プロフ) - リリアさん» いつもありがとうございます。文章は結構こだわっている小説になるので、褒められてとても嬉しいです!リクエスト了解いたしました。少々お待ちください。 (2月22日 0時) (レス) id: 1d55cf96a6 (このIDを非表示/違反報告)
リリア - いつも楽しく読ませて頂いてます!文章が綺麗でとても素敵です!リクエストなんですけど、百人一首の中納言敦忠の「あひ見ての後の心に比ぶれば昔はものを思はざりけり」という歌でお話しが見たいです。長文すみません! (2月22日 0時) (レス) id: 0f152dd892 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:松々先輩 | 作者ホームページ:http:  
作成日時:2023年10月22日 1時

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