月はただ、むかふばかりのながめかな【産屋敷耀哉】 ページ1
今日もまた、絢爛な月夜の下、怪しく光る刀剣を振り翳す。
叫びも、命乞いも、遺言すら残す間も無く、鬼は塵となり消えて行った。
チン、と小気味の良い音が響く。
(今日もまた、あの方のために鬼を消した)
ある種の執着を抱える女は、夜の闇に溶ける黒の羽織を翻し、藤の家に向かった。
世話を焼こうとする主人に断りを入れ、彼女は縁側で熱燗を煽るのが日課だ。
彼女が鬼狩りをした夜は、いつもそうしてたぎる欲を酒で流し込んでいた。
届くはずのない想いを口ずさむこともある。
「はぁ〜、今日も疲れたわね。鬼殺隊って割は良いけど、内容がなあ……早く休みたいわ。近くの藤の家はどこ?」
「南南西ノ方角ヨ!アンタハ言ッテモワカラナイデショウケド!」
「まあ、なんてこと言うのかしら。だったら案内してよ」
「フンッ、ツイテキナサイ」
彼女は麗美A。鬼殺隊に属する柱の一人だ。
愛しい彼の方の命令で、彼女は毎夜、その命と身体を捧げて鬼を斬る。
「ねえ、耀哉様は今何をしているのかしら?明日、私が自分で報告に向かおうかな」
「勝手ニシタラ?」
かなり素っ気ない自分の鎹鴉に話しかけながら、彼女はお盆に乗っているおちょこを手に持つ。
それを呷れば、喉元を流れ落ちていく熱燗の圧迫感すらある香りに心地よく目を瞑った。
今日は、月の綺麗な夜だ。
「月が綺麗ですね……って、愛してるって意味なんですって。少し前のどこかの英語教師の先生が、そう訳したらしいわよ」
「愛ダノ恋ダノ、考エルダケ無駄ナンダカラ!アンタハ、オ館様ニ命ヲ捧ゲテオケバイイノ」
「酷いわね。私だって年頃なんだから」
というより、随分前に適齢期は過ぎてしまっているが。
辛辣な鎹鴉に溜息を吐き、Aは徳利を傾ける。
(まあ、都合がいいわね)
何を隠そう、彼女の想い人は鴉の言う“お館様”なのだ。合法的に彼に命を捧げられるという点では、鬼殺の仕事も悪くない。
「月見酒って最高ね!」
「アンタハ酒シカ見エテナイデショ」
そんなことないって、と言いながら、彼女は暗い空に浮かぶ月を見上げた。
彼女には、酒も、月も見えていない。
(耀哉様も見ていらっしゃるかしら)
月が酒面の中で揺れた。
***
月はただ むかふばかりの ながめかな
心のうちの あらぬ思ひに
───────祝子内親王
「月を見ているようですが、本当は何も見えていません。私が見ているのは、心の中のあなたです」
風雅集より
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もも - カケさん» ????? (3月14日 15時) (レス) id: 12bc70a190 (このIDを非表示/違反報告)
松々先輩(プロフ) - カケさん» リクエストでしょうか…? (3月14日 13時) (レス) id: 0b2f636a57 (このIDを非表示/違反報告)
カケ - いかにして 過ぎにしかたを 過ぐしけむ 暮らしわづらふ 昨日今日かな (3月14日 10時) (レス) id: 7739bf6d58 (このIDを非表示/違反報告)
松々先輩(プロフ) - リリアさん» いつもありがとうございます。文章は結構こだわっている小説になるので、褒められてとても嬉しいです!リクエスト了解いたしました。少々お待ちください。 (2月22日 0時) (レス) id: 1d55cf96a6 (このIDを非表示/違反報告)
リリア - いつも楽しく読ませて頂いてます!文章が綺麗でとても素敵です!リクエストなんですけど、百人一首の中納言敦忠の「あひ見ての後の心に比ぶれば昔はものを思はざりけり」という歌でお話しが見たいです。長文すみません! (2月22日 0時) (レス) id: 0f152dd892 (このIDを非表示/違反報告)
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