嫌いになんてなれなくて

第３７項目【おそ松】 ページ38

今でも、夢に見ることがある。

木漏れ日の中で笑う笑顔は、とても洗練されていて。
触れちゃいけない、そんな気がして。

俺の名前を呼ぶ声でさえ、とても透き通って綺麗で。


いつから消極的になってしまったんだ。

もう今言っても遅いだろうけど。


それでも、どんなあいつでも俺は、俺たちは…好きなんだ。

あの日が忘れられなくて。


『おそ松』


その声が光って聴こえて。


俺は、そっと目を閉じた。
すると、スッと襖の開く音がする。


振り向かずに、ずっと外を見ているフリをした。


「……おそ松、いい？」


そんな声にも返答せずに、ずっと空に浮かぶ月を見つめる。
月の光は優しく辺りを照らしていた。

俺の無言を肯定と受け取ったのか、パタンと襖を閉めたAはずっと黙って俯いているようだ。



どちらとも話さずに、暫く時間が過ぎた。


先に折れたのはA。


「……ねぇ、おそ松」


声をかけられても、まるでその場にAがいないように扱う。
そうでもしないと、俺が壊れてしまいそうで。

今までの行動全部、俺の自己満足だ。


「……おそ松。なんで、私のこと殴らなかったの…？」
「……は？」


思わず声が出た。
なんで、殴らなかったの？


そんなの、決まって……。


それでもAには通じていない。それはわかっている。


けど、決めたんだ。

この歪んだ気持ちが消えるまで、Aとは一切の関係を持たない。


好きだなんて、言える立場じゃないんだ。


俺の顔を見ずにずっと俯いているA。


そんなに俺が怖い？


「あの時、おそ松は私を殴ることができた。合法的に。それなのに、おそ松は私のことを殴らなかった。私を嫌いなら…殴れた筈なのに」


そう言ったAは悲しそうに微笑んだ。
あの微笑みも、無意識なんだろう。



それがとても綺麗で。


「……言ったじゃん。萎えたんだって」


それは肩書き。

俺は昔から、簡単に喧嘩はやめない。
萎えることもない。


Aは、それに気付くんだろうか。


「嘘よ。……おそ松は、そんなに簡単に喧嘩を辞めるはずがないもの…」


あぁ、やっぱり気づいた。


それに少し嬉しくなって、少し胸が高鳴って。



俺が、簡単に喧嘩を辞めないこと。
それは、Aが一番よく知っている。


それは、Aが俺のサイドキック＿＿＿＿相棒だったから＿＿＿＿。


もう一度、あの時に戻りたい。
だなんて、自業自得なのにそんなことをまた願った。

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