お誘い ページ36
❀
｢あれ？ヒロトがいない｣
｢そういや見てねぇな｣
二人はようやく、そこでヒロトがいないことに気がつく。Aは灰崎の背中を押して店へ入ろうとしたが、入口の一歩手前で立ち止まって体を翻した。
｢灰崎くんごめん、先に中入ってて｣
｢あ？お前はいいのかよ｣
｢大丈夫、ヒロトを連れたらすぐに行くから｣
そう言って店の中へ灰崎を押し込むと、Aは肩を落として深い息を吐く。そして、クマぞう店のすぐそばにある向かいの喫茶店で足を組んで椅子に座るヒロトの元へと迷わず駆け出した。
｢そんなところでなーに黄昏てんのよ、ヒロト｣
腰に手を当て、椅子に座るヒロトを見下ろすようにして声をかける。
｢あ？……お前かよ。今更俺に何の用だ｣
Aが正面に立ったことにより日差しが遮られて視界が暗くなったのか、ヒロトはサングラスから少しだけ目を覗かせると、Aと目を合わせた。
｢今からクマぞう店に行くから、ヒロトも来て？｣
｢行くなら灰崎と二人だけで行きゃあいいだろ｣
｢なにそれ。……変な気、使うのやめてよね｣
｢そんなつもりはねーけど｣
どうせ俺は邪魔もんだからな……と諦めたような口調で言ってからスマホを弄り出すヒロトは、どこからどう見ても不貞腐れていた。
どうしたものかと、Aは眉を寄せて訊ねる。
｢もう！なに子供みたいに拗ねてんの？｣
｢別に拗ねてねーし｣
｢拗ねてるじゃん｣
｢だーかーらー拗ねてねぇって言ってんだろブス｣
あっち行け、と反抗期の子供のように犬を片手で追い払う仕草を見せるヒロトにAは二度目の深いため息を吐くと、彼からスマホを取り上げる。
｢あ、てめ…っ！｣
｢いいから行くわよ。灰崎くん待ってるんだから｣
｢何するんだよ！｣と、食ってかかるヒロトに聞く耳を持たずに、Aは手を掴んで立ち上がらせた。
サングラスを掛けているためヒロトの表情を伺うことはできないが、｢おまっ…え、｣と上擦った声を出すあたり、かなりの動揺が見られる。
｢何よ｣
｢な、なななっ…なんでもねぇからこっち見んな！｣
｢はあ？｣
指先から伝わる温もりが、やけに生々しくて温かい。掴まれたヒロトの手が石のように固まって強ばる中、Aは彼の心中などお構い無しに、手を引いて店の中へと姿を消したのだった。
(灰崎くん、おまたせ！)
(それにしてもなんつーファンシーな店なんだよ)
(ヒロトにこの良さは一生分からないでしょうね)
(いや、分かりたくもねーわ)
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年9月18日 14時
