悲憤 ページ23
❀
｢Aちゃん、こんなにボロボロになるまで何してたの？顔も腕も足も、傷だらけだし！｣
眉を寄せたつくしが、顔についた泥を払うついでに、頬をぺたぺたと触り始める。
擦りむいた切り傷に指が触れて痛むのか｢いたっ…｣と小さく声を上げて、Aが顔を歪める。
｢あとで手当てもするから、今は先にお風呂へ入ってきてください！ご飯もその後で大丈夫だから！｣
その迫力に負けたのか、萎縮したようにAは目を泳がせながらこそあど言葉を繰り返し呟く。
しかしつくしは、｢ほら早く早く！｣構わず戸惑う彼女の背中を押して、食堂から追い出した。
＿＿Aが食堂から姿を消して数十分。お腹を空かせた選手らは席に着くと、晩飯を食べ始める。
「しかしよぉ、日暮のやつなんであんなボロボロだったんだ？｣
星がうるんで見える初夏の夕空のような浅い浅黄色の汁を一口飲んだ剛陣が、そんな純粋な疑問を皆にぶつけた。
｢そういえば、昼間の練習で見かけなかったな｣
｢言われてみれば、確かに｣
氷浦の言葉に、明日人は納得するように箸を口に咥えたまま頷く。黙々と晩飯を食べていた万作からは｢行儀が悪いぞ｣と後から注意を受けてしまう。
｢練習すんのに根を上げて、どうせ呑気に観光でもして遊び呆けてたんだろ｣
その話をたまたま隣の机で小耳に挟んだヒロト。
先程の事をよほど根に持っていたのか、彼は椅子に背中を預けると｢ほっときゃいいじゃねぇか｣と、少々乱暴な口調で吐き捨てるように云った。
｢…ッ!!｣
その直後、机を叩くような音と椅子を引くような鈍い音が食堂内に響き渡る。
大きな物音に騒がしかった食堂はピタリと静まり返り、皆がその音のした机に視線を向けた。
｢んだよ一星、その顔は｣
｢……｣
音を立てたのは紛れもなく一星だった。よく締まった口が歪み、口惜しそうな表情になる。彼は何か言いたげな顔でヒロトを見つめていた。
｢なんか文句でもあるって顔だな｣
｢……｣
｢言ってみろよ｣
何も答えない一星に、舌を鳴らしたヒロトの顔が露骨にゆがんだ。嫌いな食べ物を無理やり口に押しこまれたような顔だ。不機嫌極く微妙な、神経的な不調和が、だんだんと食堂中にはびこりはじめる。
｢別になんでもありません｣
声が、ひどく震えていた。
まるで波に揺れているように落とした静かな声で｢失礼します｣それだけを最後に言い残すと一星は、食器を重ねて立ち上がり、背を向けて歩いていった。
(なんだ、あいつ)
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年9月18日 14時
