生気 ページ13
❀
｢やあ、A。準決勝進出おめでとう｣
｢ありがとう……｣
青く塗り潰された瞳には、当惑の眉を顰めるAの顔が、はっきり映って見える。感情のこもらない声に違和感を拭えるどころか、不安が募るばかりだ。
｢フロイ、どうかしたの？｣
｢え…｣
思い切って、Aが訊ねた。
フロイは一瞬、虚をつかれたような顔を見せたが、すぐに真顔へと戻って平然を装うように口を開く。
｢あぁ、別になんでもないよ｣
｢その割には、しんどそうだけど……｣
｢なんでもない｣
｢フロイ…｣
｢本当に、なんでもないんだ｣
何度かしつこく聞き返してみるも、答えは｢なんでもない｣の一点張り。するとルースは、フロイの拳が微かに震えていることに気がつく。フロイ自身のイライラも、募っているのがよくわかった。
｢でも…｣
｢なんでもないって言ってるだろ！！｣
荒っぽい口調で、感情を剥き出しにしたフロイの怒鳴り声が静かな廊下の至る所に響き渡り、反響した。顔を上げたフロイの剣幕の烈しさに射すくめられ、Aは狼狽してして口篭る。
｢ふ…フロイさん、A｣
どちらにも視線を行ったり来たりとさせて、マリクは二人の様子を不安そうに見守っていた。普段は怒鳴り声など上げないフロイに、少なからずも怯えているようにも見える。
｢落ち着け、フロイ｣
｢…！｣
後ろにいたルースから優しく宥められたことにより我に返ったフロイは、罰が悪そうな気まずい顔をして、Aから目を背ける。
そして、弱々しい声で｢ごめん｣、そう謝罪した。
｢君に怒鳴るなんて、今日の僕はどうかしてるね｣
｢それは構わないけど……｣
｢本当になんでもないんだ｣
Aが再び何かを言い出そうと口を開きかけるが、いつの間にか移動していたルースから肩に手を置かれ、制止されてしまう。彼は首を振って｢それ以上は野暮だ｣とでも言うような無言の圧で伝える。
｢少しだけ、一人にさせてほしい｣
気持ちがおさまらないのか、癇癪玉を噛み砕いたような声で、そう告げたフロイ。
何も言えずにいるマリクとAを見兼ねたルースが、ため息をついてから口を開き、こう言った。
｢分かった。気持ちが落ち着いたら、呼んでくれ｣
｢ありがとう、助かるよ｣
｢気にするな｣
ルースの言葉に甘えて体を翻したフロイの背中はらいつもより弱々しく、触れてしまえば壊れてしまうのではないかというほど脆く儚く、小さく見えた。
(それじゃあ、またね。A)
(うん……)
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年9月18日 14時
