第八話：無慈悲な檻 ページ9
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敦は過去の話を話し始める。
「うちの孤児院はあの虎にぶっ壊されたんです」
畑も荒らされ倉も吹き飛ばされ、
死人こそ出なかったものの貧乏孤児院がそれで立ち行かなくなり、敦は口減らしに追い出された、と。
“お前の所為だこの穀潰し”
孤児院の薄暗い扉が閉まる音。
今でも鮮明に思い出すその音を脳裏に、敦は話を終えた。
「...............」
手元の茶を見ながら物寂しそうに俯く様子に、太宰は「そりゃ災難だったね」と云った。
Aは茶を口に付け、横目で敦を傍観する。
「それで小僧。「殺されかけた」と云うのは？」
国木田が光に反射した眼鏡越しに、探偵らしい探るような鋭い目つきで彼に訊いた。
かたや敦は、口惜しそうに拳を握り締める。
「あの人喰い虎───、孤児院で畑の大根食ってりゃいいのに、此処まで僕を追いかけてきたんだ！」
敦は数日前に起きた出来事を話す。
孤児院を出てから鶴見川の辺りをふらふらしていた時。
不意に川のそばに捨てられた、割れた鏡を覗き込んだ時、彼の背後に「虎が居た」と。
「あいつ僕を追って街まで降りてきたんだ！」
その証言に、Aは眉を顰めた。
『“虎から逃れた”わけ？』
獣の足の速さを見縊ってはいけない。
況してや、当時の敦は空腹でまともに動けなかった筈だ。
それなのに彼は虎から逃れたと云うのか。
「それは....頭が朦朧としていて、何処をどう逃たのか」
『精神を張り詰め過ぎて幻覚でも見てたんじゃないの。死にかけの餓鬼が猛獣から逃れるとは私は思わないね』
「けど、僕は確かに見たんだ」
敦とAで繰り返される様子を、太宰は向かいで傍観する。
「それいつの話？」
「院を出たのが二週間前。川であいつを見たのが四日前」
「確かに虎の被害は二週間前からこっちに集中している。それに四日前に鶴見川で虎の目撃証言もある」
敦が出たのは二週間前。被害の集中も二週間前。
敦が虎を見たのも四日前。鶴見川で目撃されたのも四日前。
『それは、つまり敦が──────────』
「Aちゃん」
声を遮るように、太宰は彼女の名前を呼んだ。
云うな、と云うことだろうか。
なんとなく察したのか、Aはそれ以上云うことはなかった。
「二人ともこれから暇？」
貼り付けたような薄ら笑いに、敦とAは身体全身に寒気を走らせた。
「虎探しを、手伝ってくれないか」
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作者名：椿 | 作成日時：2024年4月16日 20時
