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「あなたは、私達を不幸にして楽しい?」


ふと、目の前の女性が口を開いた。

伏黒は幽谷の腕を引いて歩き続けた。

振り返ることはない。


ただ、後ろの女性が何事か叫んでいたが、伏黒は気にせず走った。

本当は怒りを吐き出しそうだったのだが、できなかった。

隣で強く唇を噛む幽谷を見て、伏黒はなぜだか涙がこぼれ落ちるような気持ちになって、彼女を抱きしめた。

ああ、これはみぞれの降る冷たい夜のこと。


おそらく彼女の母である女性は、幽谷を見た瞬間酷く歪んだ顔をした。

幽谷は気付いていなかった。


「楽しそうね」


幽谷は唇を噛む。

その光景がフラッシュバックし、伏黒はとうとう涙をひとつこぼした。

自分のことじゃない。

だから余計悔しく思えた。


幽谷Aは存外幼い年上の女性だった。

抱きしめる行為が初めてだと彼女は笑う。

彼女を知れば知るほどその幼さは輪郭線がはっきりしてきて、伏黒はその度顔を歪めた。

童話なんてあんまり知らない、と言う。

初めて食べる物が多いと笑う。


伏黒以外の人間を、ちゃんと見たことがないと彼女は宣う。

彼女をベッドのシーツに押し付けて伏し黒は声を殺して泣いた。


幽谷Aはこの行為の名前すら知らない。


何も知らない少女なのだ。


幽谷Aは最近、人間味を帯びてきた。


(…うるさい)


幽谷Aは兵器だ、人情など教えるな。


(…うるさい!)


嗚呼。

幽谷先輩。


俺は貴方が好きです。


この世で、どうにかなりそうなほど、1番好きです。


愛しているんです。



「伏黒、今日、何か変だよ」



「…うるさい、煩い…っ」



俺の愛が歪んでいても、俺を。

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作成日時:2021年1月17日 0時

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