花 ページ5
「あなたは、私達を不幸にして楽しい?」
ふと、目の前の女性が口を開いた。
伏黒は幽谷の腕を引いて歩き続けた。
振り返ることはない。
ただ、後ろの女性が何事か叫んでいたが、伏黒は気にせず走った。
本当は怒りを吐き出しそうだったのだが、できなかった。
隣で強く唇を噛む幽谷を見て、伏黒はなぜだか涙がこぼれ落ちるような気持ちになって、彼女を抱きしめた。
ああ、これはみぞれの降る冷たい夜のこと。
おそらく彼女の母である女性は、幽谷を見た瞬間酷く歪んだ顔をした。
幽谷は気付いていなかった。
「楽しそうね」
幽谷は唇を噛む。
その光景がフラッシュバックし、伏黒はとうとう涙をひとつこぼした。
自分のことじゃない。
だから余計悔しく思えた。
幽谷Aは存外幼い年上の女性だった。
抱きしめる行為が初めてだと彼女は笑う。
彼女を知れば知るほどその幼さは輪郭線がはっきりしてきて、伏黒はその度顔を歪めた。
童話なんてあんまり知らない、と言う。
初めて食べる物が多いと笑う。
伏黒以外の人間を、ちゃんと見たことがないと彼女は宣う。
彼女をベッドのシーツに押し付けて伏し黒は声を殺して泣いた。
幽谷Aはこの行為の名前すら知らない。
何も知らない少女なのだ。
幽谷Aは最近、人間味を帯びてきた。
(…うるさい)
幽谷Aは兵器だ、人情など教えるな。
(…うるさい!)
嗚呼。
幽谷先輩。
俺は貴方が好きです。
この世で、どうにかなりそうなほど、1番好きです。
愛しているんです。
「伏黒、今日、何か変だよ」
「…うるさい、煩い…っ」
俺の愛が歪んでいても、俺を。
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