アクトレスの追憶 (5) ページ42
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「もしかして、本心から大人と喋るのを楽しんでると思ってた?」
「………っは、はい」
「ふふふ、まさか」
英智はにっこりと、それはもう人当たりの良い笑みをAに向けた。
「好き好んであんな媚を売ることしか考えてない汚い大人たちと喋るなんてどうかしてるよ」
「………え、え?」
目の前で見せられているのはきっと金持ち社会の裏の顔だ。Aは咄嗟にそう思った。あれだけ優しく、柔らかい笑顔を浮かべていた英智が……今は憂鬱そうに、どこか呆れたように溜息をついているのだから、Aは目を丸くする。
彼は、社交界全体を騙しているのだ。
「Aちゃんもさ、本性から変わろうしなくてもいいんだよ」
「え…………ッ!?」
その言葉もともに、英智はAの頬に手を添えた。ギリギリまで顔を近づけ、誰もを虜にする微笑を浮かべる。
「ほら、怖いだろう?」
「っ……!!」
「でもそれを相手にさとられちゃだめだ」
優しく、暗示をかけるように。その言葉は、溶けだすようにAの脳の奥まで届くのだった。
「何を考えているか、さとらせてはいけない。本性の上に皮を被って、『完璧』を演じなさい」
「………私は」
ほんの数センチ先に迫った、英智の顔。
Aの中から『異性に対する恐怖』がすっと消えた。否、恐怖を感じているのに、どこか人事のように感じられた。
「君には素質があるよ。まわりを騙し、常に完璧でいる素質が。努力すれば“最高の地位”を手に入れられるさ」
はっと、Aは顔を上げる。
彼のように自分を偽れば、父に見放されることはないだろうか。妹に迷惑をかけることも、自己嫌悪に陥って部屋にこもることも無くなるだろうか。
無意識のうちに、彼女の口角が上がった。
「………何か、吹っ切れたみたいだね」
「はい」
久しぶりに、人前で笑ったA。
長らく表情を動かしていなかったためか、どこかぎこちないその笑顔。それは、何年も前に心の底から笑っていた頃とは、確かな違いがあった。
「英智様、私が完璧に自分を偽れるようになったら……そうしたら、また天祥院家のパーティに参加してもよろしいですか?」
「……ああ、楽しみにしているよ」
Aはその日決意する。ダメダメな自分を変えるため、自分を“特別な家に生まれてきた特別な存在”だと思うのをやめよう、と。
_____完璧に、完璧な自分を演じようと。
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とわね(プロフ) - とても惹かれる作品です!更新頑張ってください! (2018年8月18日 16時) (レス) id: 1958dfbf36 (このIDを非表示/違反報告)
リッコ(プロフ) - ラムネを制する者さん» 本当だ……すごい間違いをしてしまいました。ごめんなさい。ご指摘ありがとうございます(^-^) (2018年8月10日 20時) (レス) id: d3767f5969 (このIDを非表示/違反報告)
ラムネを制する者(プロフ) - すごく好みのお話で楽しく読ませてもらっています!吸血鬼が目覚める夜(3)の零さんの台詞の『ならぱ逃げなけれぱよい』なんですが『ならば逃げなければよい』なのでは?間違っていたらすいません! (2018年8月10日 18時) (レス) id: f868d1ea51 (このIDを非表示/違反報告)
リッコ(プロフ) - フラッペさん» お褒めの言葉、ありがとうございます!初作品ですが、“丁寧”を意識してこれからも頑張っていきたいと思います! (2018年8月10日 11時) (レス) id: d3767f5969 (このIDを非表示/違反報告)
フラッペ - こういう細かな文章とても好きです。キャラ一つ一つの感情も伝わってきますし、かく現場も想像できていいですね。おじいちゃんの零先輩も俺の方の零先輩も大好きなので続きが気になります……♪ (2018年8月10日 10時) (レス) id: 0c5a8c4f79 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:リッコ | 作成日時:2018年8月7日 17時