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『歩いて帰ってきたのか』
私の顔が冷たかったからか、鹿紫雲さんはそう尋ねてきた。
私はうんっと頷く。
『そうか。風呂入るか?』
「…うん」
鹿紫雲さんの手が離れて、頬には彼の温かみだけが残る。
お湯を貯めにお風呂場に行こうとする鹿紫雲さんの手を掴んで引き止めた。
「…今日の私、偉い?」
『?』
子供みたいなことを聞いてしまった。
鹿紫雲さんは片手を私の頭に置いてわしゃわしゃと撫で回す。
『ん、偉い』
「…ありがと」
・
『風呂溜まった』
鹿紫雲さんは洗面所からリビングにいる私に向けて言った。
そのあとポチャンっと固体が投げ込まれた音がする。
私がいつも使ってる入浴剤だろう。
今日は何の香りかな。
バスタオルと衣類を持って洗面所に向かう。
私が入るのと同時に、鹿紫雲さんは洗面所を出た。
「お、今日はロイヤルカシスベリーだな」
『知らねぇ。テキトーに入れた』
「お風呂の準備してくれてありがとう。ゆっくり浸かってきます」
『…あ、そうだ』
私がドアを閉めようとしたとき、鹿紫雲さんが何かを思い出したようにパッと振り返った。
閉めかけたドアをもう一度開ける。
『今度終電逃した時は連絡しろよ。迎えに行ってやるから』
「……」
…何でそんな、優しいことを言うんだろう。
言葉を失ってボーッとしている私を不思議そうに見つめてから、鹿紫雲さんはパタンとドアを閉めて向こうに行った。
リビングのドアが閉まる音を確認してから、バスタオルと衣類を抱えてその場にしゃがみ込む。
私たちは、お互いのことが好きで一緒にいたいからって理由で同居を始めたわけじゃない。
鹿紫雲さんは雨風凌げてタダ飯が食べれるからここにいるだけ。
私は逮捕されたくないから、イヤイヤ身元不明の男を家に住まわせた。
私たちの間に、愛情なんてものはない。
そうじゃなきゃ、男女が一つ屋根の下で平然と暮らしていけるわけない。
…でも、鹿紫雲さんはやたらと私に優しくしてくれる。
いや、私以外の女と関わっているところを見たことがないから分からない。
全員に対してああなのかも。
でも……
盗んだ宝物がある限り居候するための脅し材料は十分あるわけだし、かといって身体目的ってわけでもない。
理由もなくこんなに優しくされたら、期待したくなるよ。
期待するよ、女なら誰だって。
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ヤハウェ(プロフ) - 由良の門をさん» そういう先輩っていうのは社会にごろごろいますから気をつけていきましょうね‼️鹿紫雲たんみたいなのが一家に1人いれば、日本社会はもっとマシになるはずであります…応援あざむぁす! (2月19日 14時) (レス) id: 3429f701c5 (このIDを非表示/違反報告)
ヤハウェ(プロフ) - うみさん» ありがとうございむぁす‼️いい話ですよね😍オイラも好きですよ✨ (2月19日 14時) (レス) id: 3429f701c5 (このIDを非表示/違反報告)
由良の門を - 企画を丸投げする先輩共腹立つと同時に、鹿紫雲の優しさが主人公にしみますね・・・!更新楽しみです!頑張ってください!!!! (1月15日 23時) (レス) @page17 id: 2f071b2218 (このIDを非表示/違反報告)
うみ - 作者さまの小説の中でこの小説が1番好きです!鹿紫雲目線と主人公ちゃん目線の書き方、文章の表現が素晴らしいです…好き! (11月29日 21時) (レス) @page23 id: d6837fdd33 (このIDを非表示/違反報告)
ヤハウェ(プロフ) - あわさん» そう、鹿紫雲ちゃんは最高なのですよ!!沼れ!沼れ!いや、もう沼っているはずだお。この小説を読んだことがその証拠さ… (2023年4月13日 0時) (レス) id: 4505794e30 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ヤハウェ | 作成日時:2022年12月3日 0時