5．浮遊 ページ6
最近、なぜだか身体がおかしい。
浮遊しているような感覚が胸の奥底で暴れているのだ。
けれども、それはずっとあるわけでもない。ではいつ現れるのか。
カイザーと話したときである。否、それだけではない。
カイザーと話したとき。カイザーが俺の名前を呼ぶとき。俺がカイザーの名前を呼ぶとき。カイザーと目が合ったとき。
カイザーが、隣にいるとき。
この感覚は生まれてこのかた一度でも覚えたことはない。だが、なぜだろう、デジャヴを感じるのだ。
謎の浮遊感についてもんもんと考えを張り巡らせていると、ふいに背中をつつかれた。
「世一！ 久しぶり！」
振り替えればドイツに来てからはじめて出会った日本人の潔世一がそこにいた。
「何してんだよA、朝っぱらから公園で」
見るからに世一はランニングの途中といった格好である。
別に、考えごと。そう笑顔で言うと世一は特段興味もないのだろう、ふぅん、とだけ言った。
「世一が良ければ話、聞いてほしいんだけど」
若干様子を伺いつつ言う。
「どしたん話聞こか」
どうやら乗り気らしい。
俺はぽつぽつと話し始めた。
「恋だな」
一通り俺の話を聞いてから世一は魔物を見るような目で俺を見ながらそう言った。
にわかには信じがたい。なぜなら俺は男だから。
「キスでもされてみれば分かるんじゃね」
世一はいたずらっぽく笑って、じゃ！ と駆けていった。
ンな馬鹿な。初恋をカイザーなんぞにとられてたまるか。
半ば対抗心を燃やしながら俺は心に霧を宿したまま帰路についた。
「ただいま」
玄関でそう家に言うと家の奥からドタバタと音がしてカイザーが転がり落ちてきた。
「どこ行ってた」
先ほどの焦り散らかした顔とは打って変わって不満げな顔でこちらを見つめてくる。
まただ。胸の奥底で何かがふわふわと柔く暴れる。
なにも言わない、言えない俺に腹を立てたのかカイザーはつかつかと歩いてきた。
20cm、10cm、5cm。
ふたつの鼻と鼻の距離がだんだんと近くなって。
3cm、2cm、1cm、────0cm。
目の前にあるのは美しい顔、ただひとつ。
「急に消えんじゃねぇ、クソA」
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作者名：ちばさんだよ | 作成日時：2023年9月2日 20時
