イロコイ・ライン【ars K.N】 (ページ8)

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8.指名。ページ8

先生の声は、聞き心地が良かった。

高いのかな？と思ったら、時々低い声で呟くように話す。

初めて入学式で聴いた時と変わらず、ちゃんと発音してない文字がある。

板書の字は、そんなに綺麗って訳じゃない。
何だったら、数学の大野先生の方がずっと綺麗な字。
だけど、私はどこにあの文字が書いてあっても先生の字だって自信を持って当てられる。

誰にも内緒にしてるけど、授業を終えた先生が教室を出て行った後、日直だった私は黒板を消す前にコッソリとスマホを出してその板書を写真に撮った事だってある。

六時間目に現国がある日は、そのままの流れで帰りのホームルーム。

いつもは日直に任せる黒板消しも、この日だけはチャイムが鳴った瞬間に先生が自分で消しながら「じゃ、ホームルームすんぞー」って言う。

そして必ず、ケホッて小さく噎せるんだ。
チョークの粉が苦手みたい。
先生の為に、黒板をホワイトボードにしてあげて欲しいって、割と本気で思ってる。

その日もケホッと噎せた先生が連絡事項を話して、みんなも帰る準備を進めてる中で

「あー...、誰かさぁこれ準備室まで運ぶの手伝ってくんない？」

先生は、私達が出した提出物のノートの山に手を乗せて教室を見渡した。

「日直はー...もう今日充分働いてくれたから、他の奴で」

日直だった男子が「ニノちゃん優しい！」って拍手する。

みんな、早く帰りたいから分かりやすく俯いてて

先生はそんなみんなを見て、「露骨だな」ってククッと笑う。

そんな教室の中で、私はたった1人ずっと先生を見てた。

お願い先生、私を選んで！
お手伝いだって、何だってするから私を指名して！

机の下で、神様にお祈りしてるように両手をギュウっと組んだ。

ゆるっと視線を流した先生と目が合った時、ドキッとし過ぎて思わず目を逸らしそうになったけど我慢。

先生の目が、私にピタリと留まる。

周りの音が消えたような気がした。
そんな訳、無いんだけど。

何も聴こえなくなった気がした。

先生は暫く私を見た後に、「サンキュ」ってフッと笑った。

「じゃ、結城。放課後の時間ちょっとだけオレにちょーだい」

はい、解散！っていつものように先生が両手の甲をヒラリと揺らす。

ホッとした様子のクラスメイト達が、私に「運悪いねぇ」なんて笑いながら帰って行く。
私も「押し付けられたよー」って困ったような顔を見せてみる。

先生を見ると甲を揺らすのとは逆の動きで

ゆらゆら、私を手招いた。