智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ10)

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彼が越してきて半年ほどした頃の日曜日。
朝ベランダで育ててるシソに水をやってたら、また隣から口笛が聴こえて来て

「ゴキゲンだね」と、声を掛けてみた。

ヒョコっとベランダの仕切り板の向こうから顔を覗かせた潤くんが「そうでも無いよ」と笑う。

「ゴキゲンじゃないの？」
「昨日もバイトで最悪な客が居てさー」
「あー、居酒屋さん？」
「酔っ払ったオッサンにキスされそうになったんだけど！」
「仕方無いよ、綺麗な顔してるから」

綺麗じゃねぇし、ってウェーって顔をする。
その顔すら綺麗ってナニゴト。

それから私達はベランダで愚痴を言い合う関係になった。

学校の事とか、バイトの事とか、親の事とか。

私はいつ恋愛の話が出て来るかってヒヤヒヤ。
実は恋人が居て、突然「彼女がさぁ」とか言われたら私はちゃんと対応できるのだろうか。いや、出来ない。

でもいつか来るかもしれないその日に備えて、こっそり練習。
「へぇ！彼女いたんだ！」...何度やっても棒読み。

ドンドンドン！
玄関のドアが叩かれる。インターフォンあるのに。

それは、潤くんが越してきて一年が経った春の夜だった。

誰だよ...とビクビクしながらスコープから外を覗くと、潤くん。
え？と思ってると、またドンドン！と叩く。

「どしたの、潤くん！」

ドアを開けると、ヘラーっと潤くんが「花見帰り！」と笑って

私の横をスルリと抜けて部屋に入って来た。

「ちょ...えっ！？待って！」

部屋片付けてないんだけど！
あ！アイドルのブルレイ流しっぱなしだ！

慌てて部屋に戻ると、格好良く歌って踊るアイドルが映る画面を見ながら潤くんがその歌を口づさんだと思ったら「眠たい！」と私のベッドにボスーンと飛び乗った。

テレビを消しつつ「酔ってる？」と訊くと「酔ってなーい！」って、完全に酔ってるご様子。

「潤くんの部屋、隣だよ？間違ってるって」
「間違ってないってー」
「間違ってるって！ここ、私んちで私のベッド！」

俯せになってる潤くんの背中をパンパン叩くと、手首を掴まれて引っ張られた。
潤くんの体に覆い被さってしまって、立ち上がろうとしたらギュウっと抱き締められる。

「間違ってないって。Aに会いに来たんだから」
「え...？」
「ずっと訊きたい事あったんだけどさ」
「......」
「彼氏、居るの？」

ううん、と首を振ると

「良かったぁ...」って、彼が小さな声で呟いた。

・・・・・END・・・・・