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他者に耳を貸し、自身の心を傾ける行為の意味がわからなかった。
今の環境に傷をつけないためにはまず己を守り、必要最低限に手を貸せば、自分の世界は崩壊せずに保てるだろうと考えていた。
「千里よ。私からお前への命令だ」
意識が鮮明になった時には、すでに自分の力が定まっていて、俺は何も考えずにその言い分を承った。考えてもまともな答えが出てくる気がしなかったから、考えるのも諦めてしまった。
「__生贄を私へ奉納せよ」
他者へ好かれるように、愛想を浮かべて。俺は自分の存在価値を周囲が望む優しき天狐として周知させ、最善な環境を一から築き上げた。
坂田はそばにいて支えてくれていた。うらたんやまーしぃも次第に存在を受け入れてくれた。この調子なら生贄なんて簡単に取り込むことが出来ると、自分の中で確信を持っていた。
『今、己の意思でお狐様の傍らを離れたくないと心の底から思いました』
だが、現実そんなに上手くは行かなかった。
瞳の光は消えていて、彼女へ感情的な言葉を届かせないように術をかけた。それでも満を持して俺のそばにいたいと?
(そんなの、違う)
仮に、術がとけかけていたとしても俺を恨むのが普通だ。最低だと罵倒し、俺を拒絶するのが当然な反応のはずなのに。
今の状況を否定する理由を探し続けて、目の前の瞳から目をそらす。今彼女の瞳を見てしまえば全部が覗かれそうで、心のうちから何かが迫ってきて、自分でも訳が分からなくて戸惑う。
『お狐様』
彼女は距離を詰めて、俺の方に手を伸ばした。微かに震えた声と伸ばされた手から顔を無意識に覗き込んでみれば、虚ろな瞳から雨にうたれた桜のように瞳から透明な涙が頬を伝い_袖に落ちた。
「なぜ…泣いているのですか?」
凪いだ水面に石が落とされて、波立ちが荒く揺らぐのがわかる。目の前の光景のせいで心臓が嫌な方向へと自然に速さが上がり、動き始める。
「やめてください……やめろっ!!」
息がしにくい。言葉一つ一つを出すにもこんなに重かっただろうか。弱くて、小さな手を払おうとしても否定しきれなくて、大声で諌めようと無力に嘆き続けるだけ。
一回でも否定してしまえばいいのに、それをどうして。
「__センラさん」
ひどく、暖かい声がした。
息を吹き返したばかりの鶯の囀りのような声に俺は背けていた目を向ければ、動揺した俺の心に直接触れて寄り添う_A。
「やっぱりセンラさんは優しかったんですね」
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