夢現 ページ5
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目の前のお狐様は曖昧だ。
他人事ではないことを話していることは分かる。しかし、それよりもどこかご自身の心の内を少しでも口に出すことへ恐怖を抱いているような様子に目が行く。
(お狐様が言葉を止めてしまった)
先程まで私へ話をしてくれていたのに、金色の瞳の中が朧月のようで切なさと陰りがほんの微かに覗いている気がした。
(…そもそも、お狐様に対して私はそんなに態度を畏まっていたの?)
自分の素性に対して思い返すのはどうでも良くて、お狐様の仰ったことに迷わず素直に耳を傾ければ問題ない。
けど、そう自分に言い聞かせようと思わせようとするほど。自問自答を意識的に避けようとするほど。
(__つらい)
お狐様の言葉をお借りするのなら『縄で縛られたように呼吸が苦しくなる』。外の湿った雨音が少しずつ耳から遠くなるような気がした。
「……すみません。少々話が逸れましたね」
お狐様は本当に言いたそうな言葉を飲み込むような素振りを見せ、何かを隠すようにしてぎこちなさそうに笑った。
「お前を生贄として犠牲にしてごめんなさい。他の世界で、自由にのびのびと人間らしく生きることだって出来るのに」
自由が利かない、それはお狐様も同じだ。仮に私ばかり自由になっていたとしてもお狐様は?
「……都の、民のためなんです」
本音が器に入り切らない水のように零れた。
お狐様は私利私欲で動いているわけじゃない。本質的にお狐様がひたすら純粋に_優しいだけだ。
「こうしないと、“空狐”が他の民を犠牲に暴動を起こしてしまうから」
半分は嘘だ。お狐様は自分の心に言い訳をして、自分の感情に蓋をするかのように押さえ込んでいく。表情と言動がまるで見合っていない。
私が、今知りたいのは__
『……お狐様』
私が口を開くことが予想だに出来なかったのか、満ちた月のような瞳が見張った。
これは己の感情なのだろうか?私が、お狐様のことを思ってなのか。はっきりとしない霧のような考えのまま私は話し続けた。
『今のお言葉はとても有難い事なんでしょう。しかし、私にはお狐様の仰っていることの意味が理解できません。理解不足で申し訳御座いません』
「……難しい話でしたね。こちらこそすみません」
『しかし』
お狐様が顔を俯く前に、私はお狐様の少し大きな手へ自分の手を伸ばし、指を絡ませてやんわりと力を込めて掴んだ。
『この手を_離したくはないと思いました』
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