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彼女に俺の声が聞こえるような感覚はあっても感心するような心はない。
俺の姿しか見えていなくとも彼女の目は笑うことすらない。声で共感しようと返って来るものは伽藍堂な響きだけ。
彼女の個性をかき消してしまったから。彼女の感性を俺は自らの手をかけて壊してしまった。だから、ほんの少しの後悔が次第に抑えが効かなくなるほど大きくなりそうで益々怖くなる。
「まず_お前をこの世界に呼んだのは俺です」
空狐の儀式に相応しい力を秘めた人間。それがこの儀式を行う上で必要な最低条件だった。
そして、彼女は枝垂れ桜の枝と共に選ばれてやって来た。異国からの花嫁として、生贄として空狐に一生を捧げられるべくしてこの世界へ降り立った。
「お前の平和で穏やかな日常を奪ってしまったことはとても申し訳ないと、恐らく俺は後悔してます。都では天下の人だと崇められてるけど、結局のところ空狐の下で命令されないと動けない愚劣な騙し狐やから」
表向きの面は優しき天狐。けれど、本質はただ命令されたことを淡々とこなして人間すら道具として無下に扱おうとする汚れた狐。
これではあの子泣き爺が言っていた通り、本当の“化け狐”だ。
「けど、そんな俺に……そんな俺のところにお前は寄り添ってくれて。心が暖かくなっていくのと同時に胸が縄で縛られるかのように、呼吸をするのが苦しくなった」
必要以上にくっついてきたのは上辺だけ。自分に暗示をかけるように言い聞かせていた。
でも、それが嘘偽りがないと思わせるように彼女は頬を紅色に染め、嫌だという素振りを見せながらも大人しく側にいてくれた。
少しずつ、悟られないように現世の記憶を忘れる術をかけていた。しかし、その行動を取っている自分の心から嫌な音で軋み始めて、耳を塞ぎたくなるくらいにその場から、Aからも逃げたくなった。
「かけがいのない、優しいお前は俺に対してそう言ってくれたやろ?……それは、まやかしで表の天狐様の幻影を見てるだけ。お前と俺とじゃ桜と泥みたいなものですから」
この子が俺を大切に思っているのは術のせい。そう思っている。自分にそう思わせていた。
けど、どうしてだろうか。
「お前は」
彼女の名前も口に出したら、きっと心がどうにかなってしまう。
「お前、は」
気を抜いてその白潤の肌へ触れてしまえば、きっと後戻りも出来なくなる。
「……お前は」
よりによって__
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