第８話：名前 ページ9
彼が一文字ずつをゆっくり吐く度に、鼓膜が小さく震えるのがわかった。
「……ッ！」
普通の同級生同士なら大したことではないのだろうけど、
こうも上下関係を作られてしまった相手を呼び捨てにするのは凄く抵抗を感じる。
イメージするなら、歳上の、目上の人に呼び捨てしろと言われているような感じ。
……。
…大丈夫、さっと呼ぶだけ、それだけだ。
何かを差し出せだとか、無理なことを言われている訳じゃない。
呼び捨てだと思うから言い難いだけ。
名前を読み上げるんだと思えばいい。これはただの固有名詞。
そう自分に言い聞かせ、目が合わないように固く閉じて、その文字列を口に出す。
「……せ、征十郎……」
私の腕を掴む彼の手に、ぐ、と少しだけ力が入った。
数秒の静寂。
息を短く吐く音が聞こえたのち、
「ん。正解だ」
とまた耳に唇を落とされる。
良かった終わった、とほっと一瞬息を着いたのも束の間、彼は私の耳に歯を立てる。
「ひ……っ、や、なに……っ！」
歯が擦れる音がダイレクトに軟骨に響き、先程より強い刺激に反応してしまう。
「ねぇ、Aって、けっこう敏感？｣
「！……ちがっ、」
「違わないだろ。
また弱点、僕に知られてしまったね。」
表情は見えないけど、さぞほくそえんでいることだろう。
どうしてか、この人にはこんなに思い通りに弱みを暴かれてしまう。
ずっと彼のペースだ。
触れられている場所がどうしようもなく熱い。
彼の膝が内腿を擦り、それにも「う、」と声を上げてしまう。
恥ずかしい。
私はどうにも昔から人に触られるのが苦手で、すぐ擽ったがってしまう。
耳だけが弱い、というよりも多分、触られる感覚に過敏に反応してしまうのだ。
なんだか脚に力が入らなくなってきた。
何もしてないのに荒くなった呼吸。
彼から与えられている刺激に頭がくらくらしてくる。
藁にもすがる思いで、唯一空いている右手で彼のシャツの端を掴む。
少し驚いて私の顔を見る彼に限界を伝えようと試みる。
「もう、無理です……、はなして……っ」
これ以上なにかされたら溶けてしまう。
そんなことを考えてしまうほどに体が熱い。
彼が耳から離れているうちに、は、は、と上がった息を整える。
痛いわけじゃないのに涙が出そうで、目頭が焼けるように熱を持っている。
「……」
彼は何も答えてくれない。
でも手には力が入ってるし、すぐ解放してくれるという訳ではないようだ。
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作者名：Mae | 作成日時：2020年10月22日 16時
