第５話：変貌 ページ6
「……ッ！」
ぞわ、と背中が粟立つのを感じた。
なに……なんなの、この威圧感は。
なにか彼の雰囲気が変わったのが解った。
さっきまでの柔和な同級生の纏う空気は消え、抗えない圧力と緊張が肌を刺す。
まるで別人だ。
何かわからないけど、今すぐ逃げ出したい。
逃げなきゃいけない、と頭で分かっているのに、上手く体が動かない。
彼がどんな表情をしているかわからないまま、反射的に、私も一歩後退する。
「そんなに怯えないで。
なにも取って食いやしないよ、」
くす、と喉を鳴らして、彼がまた一歩近付いてくる。
私もまた一歩……
彼は構うことなくゆっくりと歩みを進める。
ようやく足を止めた時には、背中から手の平まで壁に張り付いた私との距離は、腕一本分になっていた。
私の視力では、まだ顔がはっきりとは見えない距離。
けれど、わかる。
至極楽しそうに、獰猛かつ緻密に観察されている。
獲物を捕らえた��びに満ちてぎらりと光る視線から、逃れられない。
普通の同級生だったはずの彼が、突然怪物になったかのような。
異常な重圧に、思わず壁にしがみつく指に力が入る。
「ねぇ。君は僕に、少しでも罪悪感を感じた？」
「……は、」
恐ろしく喉が乾き、「はい」と言ったつもりの声は酷く掠れた。
何を問われたかよく分からない、けれど今彼に逆らってはいけないと本能が言う。
よく通る少し高い彼の声が、妙に恐ろしく響いて聞こえる。
「君は、僕に何らかの形で責任を取らないといけないと思う？」
こくり。
考える前に頷いた。
選択肢はとうになく、答えていいのはイエスだけ。
「……うん。そう。
ーーーーーーじゃあ、」
彼は私の眼鏡を、後ろ手に近くの机に置いた。
私の目線に高さを合わせるように少しだけ屈み、右手を私の顔の真横の壁にひたりと付ける。
教室の扉の方向、逃げ道が完全に塞がれた。
もう本当に、絶対に、逃げられないと分かる。
心臓がばくばくと早鐘を打っている。
目線が同じになったことでぐっと縮まった顔の近さ。
家族や同性の友人であっても、これほど近付いたことはない。
早くなった鼓動も、浅くなった呼吸も、何も考えられない頭も。
全てを見透かすような目を私から離さぬまま、彼は静かに言った。
「ーーーーじゃあ。
今から君は、
僕のものだ。」
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作者名：Mae | 作成日時：2020年10月22日 16時
