▼（終章） ページ4
地下深くに続く水の道。
どんな死体も、底に流れてしまえば地上に浮かび上がることはない。
それは、公にしたくない「死」を隠すのに都合がよかったのだ。
いつしか皇子の作った水道は、『亡我流水道(ぼうがりゅうすいどう)』と呼ばれていた。
地下深くに流れ着く死体の群。
――口減らしに流された赤子。
――いたずらにその命を散らされた少女。
――名もない老人のなれの果て。
様々な亡者の嘆きが、地下にうず高く積み上げられていく様。
皇子はこれ以上……ただその様子を眺めることに耐えられなくなったのだ。
「結局、いくら神が人を想ったとしても、長い歳月の中で、その想いは忘れさられる」
「……」
夕子は、どこか遠くの記憶を引きよせようと、謳うように語る皇子の声を静かに聞いた。
この皇子は、水道を作ったことを後悔しているのだろうか？ そう考えた。
「――。後悔はしておらぬよ」
(――見透かされた！)
流石は天界第一位の男神である。
天界最高位の自分と同じだけの神威(しんい)を持つこの男は、他の神々には見抜けぬ私の本心を見抜くことすら可能なのだ。
――惜しい。
そう、夕子は考えた。
神々は永久(とわ)の命に退屈し、いたずらに地上に干渉をしている昨今。
人々は神々によって力を与えられ、戦という災いを自ら呼び込むようになった今。
天界も地上も、それまで保たれていた秩序が崩れつつあった。
今はまだ、その綻びに気づくものは少ない。
それでも。
もう、千年もすれば。
――小さな綻びは、大きな禍となり、天界にも地上にも大きな混乱をもたらすであろう。
そのとき、この男の力が借りれるか否か。
それによって、もたらされる結果も変わってくるものと確信した。
「もし……、天界に戻りたくなった際は、いつでもお戻りくださいませ」
「……。あぁ」
皇子は静かに夕子と目を合わせ、頷いた。
*
――そして、千年の時が流れた。
地上に降りた皇子は、地下深くの水脈で、幾人もの死体の声を聞き続けていた。
その皇子のもとに、はじめて生きた赤子が流されてきた。
皇子は赤子を拾い、育てることとした。
蒼い水と、白く凍った氷。
そして、骨と成り果てた死体。
その世界に、唯一もたらされた、血の通った生者。
その者の髪色は、燃えるような赤色であった。
氷の皇子はその髪色にちなんで、赤子に『朱点(しゅてん)』と名付けた。
皇子はまだ気づいていなかった。
――その赤子がもたらす悲劇と、救いに。
＜終……？＞
続く
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作者名：一花 | 作成日時：2014年7月9日 23時
