37. ページ3
「稲葉監督が事故を起こしたって聞いて。
俺は頭が真っ白になった。
事故なんかじゃない、あれはきっと」
苦しそうに下を向いた櫻井さんの手に、私はそうっと手を伸ばした。
「ずっと……そんな風に思っていたんですか」
握りしめた拳が、びくっと動く。
「映画をたくさんの人に見てほしいって櫻井さんが思ってくださったこと。
父はすごく嬉しかったんです」
その時櫻井さんの存在は知らなかったけど、お父さんが「今度の担当者はいい、映画をよくわかってる」って何度も言っていたのを覚えていた。
「それに、櫻井さん一人が決めたことじゃない。
『Zero-G』の上の人だってゴーサインを出したのだし、お父さんだって了承したんですよ」
それなのに。
ずっと一人で自分を責めていたの。
「俺もそう思いたかった。
でもお葬式で一人の女の子が泣き崩れているのを見て。
俺はとんでもないことをしてしまったって思った」
ゆっくり顔を上げた櫻井さんと目が合う。
一瞬6年前にタイムスリップしたような錯覚に陥った。
「だけどあの時の櫻井さんの言葉に。
私が救われたのは本当です」
「多少自分と重ね合わせたところはあったと思う。
でも勇気付けようとか励まそうとしたわけじゃない。
『生きろ』って言ったのは……罪の意識があったから、だ」
自分のためだよ、って櫻井さんが呟いた。
「罪悪感を少しでも減らしたかった。
だからそのことを感謝されても心苦しいだけ」
そう言われると何にも言えなくなってしまう。
残っていた料理を食べる間、私は黙って今までの6年間のことを少しずつ思い出していた。
食事を終えると店を出て歩き始めた。
大阪の街は賑やかだったけれど、イタリアンがあった路地は大通りから離れていて、しんとしていた。
「……事故だったかそうじゃなかったかは、もうわからないことです。
でも今、母も私もちゃんと前に進めてる」
それがどんな理由であれ
櫻井さんの言葉が私の支えだったからなのも、事実なんだよ。
「だからもう櫻井さんも許してあげてください」
「許す？」
「自分を。許してあげて」
その時一瞬櫻井さんは、とても無防備な顔をした。
考えるよりも先に体が動いて。
櫻井さんを抱きしめていた。
拒否されるかと思ったけど、少しの間の後私の背中に櫻井さんの腕がまわって。
力が抜けた頭がこてん、ともたれかかってきた。
喧騒が遠くに聞こえる。
私と櫻井さんの間だけ、時間が止まったみたいに静かだった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 2653人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「嵐」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2018年1月22日 18時
