【短編集】星紡ぎ【あんスタ】

雨音、霧と奏でる夢想曲【朱桜司】＿＿＿茉里沙さまリクエスト ページ16

「え〜……なんで……」

ひんやりとした空気に、降りしきる雨。数メートル先が霧で霞むような大雨に、私はそう呟くしかできなかった。
傘も、レインコートも持っていない。だって天気予報では80%の確率で晴れだって言ってたし、こんな土砂降りになるなんて誰が想像出来る？

「仕方ないか……」

バスを使うほど家は遠くないし、走って帰ろう。そりゃ多少距離はあるけれど、帰ってすぐにお風呂に入れば風邪は引かないだろうし。

そうと決まれば、と鞄を頭に乗せて、ダッシュの準備。踏み出そうとした瞬間、後ろから不思議そうな声がした。

「お姉さま？」

顔だけを声の方に向けると、後輩の司くんがきょとんとこちらを見ている。それから彼は私の頭に視線をあげて、それから悟ったように「ああ……」と頷いた。

「お姉さま。良ければお送りしますよ」

にこり、と紳士的なスマイルで微笑んだ彼は、折り畳み傘を広げる。そういう用意周到なところは、私より女子力が高いかもしれない。

「でも、悪いよ」

「この私にLadyを雨に濡らしながら帰らせるなんて不名誉なことをさせるのですか？」

悲しむように顔を伏せる司くん。そんなふうに言われたら、断れない。私はお願いしますと頭を下げた。





少し勢いは収まってきたものの、相変わらず雨は止まない。だけど、重要なのはそこじゃない。私は今更気づいてしまったのだ。

……これは、俗に相合傘って呼ばれるものなのでは？

普段から紳士的な司くんにしてみれば当たり前の動作だったのだろうけど、狭い傘の中では必然的に距離が近くなる。それがなんだか小恥ずかしい。

「大丈夫ですか、お姉さま？濡れていませんか？」

黙り込んでいる私を心配するかのように、司くんが聞いてくる。私に大分スペースをくれているのか、全くといって濡れてないから、むしろ私が司くんの心配をしたいのだけれど。

「大丈夫だよ、ありがとう」

せめてものお礼としてそう返す。すると、司くんはふふっと微笑んだ。

「どうしたの？」

笑われるようなことでも言ったかな。素直に聞いてみたら、司くんは「ああ、すみません」と申し訳なさそうな声をあげる。

「知っていますか、お姉さま？人の声が一番綺麗に聞こえるのは雨天時の傘の中だそうです。……つまり今、私だけがお姉さまの一番綺麗な声を聞いているのだと思うと嬉しくて」

……そういうことを、平気でいうから。

作為的じゃなくて、天然なのは狂気だ。……そんなの、嫌でも意識しちゃうよね。

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