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(藍沢)
命と、その人が命より大切だと思っているもの。
どちらかを選ばなければならない。
中には、命を捨ててでも、大切なものを選びたいと望む人もいる。
首をわずかに回して、後ろの彼女を見つめる。
目が合うと、その薄茶の瞳を震える長い睫毛が覆い隠してしまう。
────せめて…最後まで医者でいさせて。
だが、それでも。
────医者は、命を優先する。
かけがえのない大切な存在を、失わないために。
「………奏ちゃん」
小さく、ちいさく、彼女が呼びかけた。
────何もしてあげられなくて、ごめんね、と。
いま小さなその背に、この手を置いてやれることができない自分が、ひどくもどかしかった。
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(香坂)
救命に戻るために二人で乗ったエレベーターに、久方ぶりに見る新海先生がいた。
「よっ、香坂。
すまないな、天野さんの件」
「お久しぶりです。
私の方こそ役に立てなくてすみません…」
私の隣の壁に、耕作が滑り込んでもたれる。
こんなときの何気ない距離感にさえ、初々しい中学生のように意識してしまうもんだから、いまの私はきっと耳が赤い。
「あっさりピアノを取るって言うんだ。
死ぬっていうことが漠然としてるんだろうなぁ、あのぐらいの子は」
そのとき、ピンポーンと軽快な音とともに開いたエレベーターのドアの向こうに、恵ちゃんがいた。
彼女は一瞬目を泳がせた。
エレベーターの左右に脳外科きっての優秀医師、その間に挟まれる、医療界期待の星。
「…お疲れさまです」
「お疲れさまです」
恵ちゃんが新海先生とそんな挨拶を交わして、私の斜め前────耕作の前に立つ。
「どうですか、藍沢は。
救命で迷惑かけてませんか?
香坂に聞いても、良いようにしか言わないんで」
あ、どうしよう。
新海先生が耕作の保護者に見える。
「口が悪くて少し困ってますけど、まぁそれは昔からなんで。
ね、A」
「ふふ、まぁね」
「なんかこいつらって、よく知った仲って感じですよね」
え、そこで私を見るのやめよう…?
「それは単に付き合いが長いだけで…」
「もう、素直じゃないんだから」
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あやみん - 名取先生が、自分に、恋したなんて、最高です!!!!! (2019年8月19日 12時) (レス) id: ac50c68a33 (このIDを非表示/違反報告)
Blueheart - 16話、朝日は登りつつではなく朝日は昇りつつ、ではないでしょうか? (2019年2月10日 15時) (レス) id: d757884bbd (このIDを非表示/違反報告)
Blueheart - 14話、以外にも耕作だった。ではなく、意外にも耕作だった。ではないですか? (2019年2月2日 21時) (レス) id: d757884bbd (このIDを非表示/違反報告)
Blueheart - 13話冒頭、横峯さんではなく横峯ではないですか?意図されてでしたらすいません (2019年1月18日 22時) (レス) id: d757884bbd (このIDを非表示/違反報告)
rabbit - 32の下から9行目「手術中にに」となっています。間違っていたらごめんなさい。 (2018年10月6日 23時) (レス) id: fec1ec90ab (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ayanel | 作成日時:2017年8月1日 0時