せめて空白を埋められたなら ページ37
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気付いたら、抱き締められてて。でも、怖くない。拳くんの鼓動がどくんどくんと、伝わってきて、私もその鼓動に重なるように心臓がはねた。
「思い出せなくていい、君は俺の事をどう思ってくれてるのか分からないけど。いつでも俺は君を忘れない。どんなときも。好きな子には、笑っていて欲しいんだ……」
「え…拳くん、私に会って辛くないの…?」
背中に回された手に力が込められる。がっちり抱き締められているが、痛くもなんともなくただ心が暖まる。
ただ、私ばかり嬉しくなっていないだろうか。私は確かに、拳くんが好きだ。だけど、拳くんは果たして……
「今、好きな子には笑っていて欲しいって言ったじゃん。昔もだけど、もちろん今も。俺は、Aちゃんが好きだよ」
「……記憶失くして、拳くんのことも忘れちゃってたのに……?」
「Aちゃんは、悪くない。嫌なことを忘れる、君の身を守るために必要なことだったんだ」
「…でもっ、こんなに…想ってくれてたのに、何も返せない…」
私ばかり、守られて。貴方を助けられる人がどこにもいない。勝手に貴方の前に現れて、この選択は正しかったのか。
不安な気持ちのままでいるも、再び拳くんに強く抱きしめられ少しずつ心が和らいでいく。
「QuizKnockに来た時は、正直びっくりしたよ。けど、それより何より。こちらから会いに行く手段が無かったし…、またAちゃんと笑う日々が来るなんて思って無かったから。それだけで、良かったんだ。だけど…」
力強く抱きしめられていた腕を解かれ、徐々に私と拳くんの間に距離が出来る。拳くんの顔を見上げれば、また泣きそうに笑ってる。
「やっぱり、昔の気持ちは抑えられなかった。どうしても、君のそばに居たくて堪らなかった。笑ってくれればいい、昔の事何も思い出せなくても」
「拳くん……」
泣いちゃ、ダメ。私が泣くべきでは無いのに、身体の底から湧き上がるかのように涙が目から溢れる。
「…わた、しもっ…、拳くんが、好き。昔の事…思い出せないけど、きっと拳くんのこと大好きだった…」
「うん、うん…」
「…私、拳くんのそばに居ても、良いのかなぁ…?」
「俺は、Aちゃんのそばに居たいな」
拳くんの大きな掌にそっと頬を包まれ、親指で涙を掬われる。見上げた拳くんの顔は、いつもと違って穏やかな笑顔に変わっていた。
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作者名:りんご | 作者ホームページ:
作成日時:2020年7月29日 19時