上書き保存で蹴散らして ページ36
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「あの…私…」
「三守さんと話してる時に、酔いが回りきっちゃったみたいでこてん、と寝ちゃったみたい」
「それは…ごめんなさい」
やっぱり…お酒は弱いから飲んでないつもりだった。だけど、三守さんと話してる時に緊張のせいか間違えて誰かのお酒を飲んでしまったみたいだ。それで、記憶も無いし頭も痛いし……
「ね…拳くん」
「ん?なあに?」
「ちょっと…ベランダの風に当たらない?」
「……いいの?怖くないの?」
「……多分、大丈夫だと思う」
「…うん。いいよ」
完全な二人っきりじゃないし、前ほど動揺も見られない。比較的落ち着いて、尚且つ誰の邪魔も入らない。今、話をするのに絶好のタイミングだと思った。
ベランダから吹き抜ける風が季節を秋だと感じさせた。心地よい風が私と拳くんの間を抜けていく。
「…あの病院での事…ごめんね」
「ううん、大丈夫だよ」
「……あの後、お母さんが徳島から来てくれたの」
「…そうなんだ、それは良かった」
少し風が強くて、冷たい。いつも、拳くんが私を見つめて泣きそうな笑顔をする時、そんな風が私の心に吹き込むようで……月明かりで拳くんの眼鏡のフレームが光ってまるで涙のよう。
「……そこで、聞いたの。過去、事件にあったこと……拳くんが、私を助けてくれたってことを……」
「…そっか」
「……ごめんね、あんな事思い出したくないよね……忘れたいよね」
「忘れないよ」
再び握られた手のひらから、拳くんの熱が鼓動に乗って私に流れてくる。夢の中と同じ…温かくて優しい力強さだ。
「俺は、何があっても忘れない。覚えてる…あの時、誓ったんだ。絶対に、覚えてるって」
「……ごめんね、私は何も思い出せないままで……」
「…辛い記憶なんだ。無理に思い出すものでもないよ、今が幸せならそれで……」
「けどっ!拳くんとの思い出を、無くしたままにしておきたくないの…っ!」
貴方との優しい思い出を無くしたまま、この先生きていきたくない。私も拳くんと、並んで生きていきたい…同じ時を進んで生きたい。
握り締めていた手を力強く握り返すと、反対に拳くんは優しい手で私の頭撫でる。
「…じゃあ、過去に縛られず、未来を一緒に歩こうよ」
「未来を……?」
「…俺が、楽しい記憶で上書きしてあげるよ」
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作者名:りんご | 作者ホームページ:
作成日時:2020年7月29日 19時