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〔雪村〕
それは、本当に一瞬だった―――
高層建築物特有の、強い風が吹き抜けて。目を細めていた私達は、狭まった視界の中で、見た。
風に舞い上げられた帽子を追う小さな子供と、スマホに夢中で子供を見て居ない親。そして、スルリと人混みを抜けてきてしまった小さな体。
その遥か頭上で響いた金属の擦れ合う音と、バサバサと布が風に煽られる音。
そして。
舞い上がった帽子を掴んだあの新米くんと、その子供の元に風で飛ばされた足場を覆っていただろうシートがばさり、と被さって。
金属音と共に現れた鉄板が、ゆっくりと落ちる様を。
誰かが、危ないと叫んだ気がした。それでも体は動かなかった。ただ、見ていた。
その時。
『患者を避難させろ!風で何処まで飛ぶか分からない、急げ!』
普段どんな時でも冷静なA先生が、珍しく緊迫した様子で周りに指示を飛ばして、2人へ駆け出した。患者を移動させた私は、A先生へ報告しようと引き返して、その先で見た。
まるでスローモーションの様に、空から降って来た鉄の板が、A先生を強く打ち付けたのを。
どさり、と重たい物が落ちる様な音がして、A先生が地面に倒れ伏せるのを、見た。
流れ出る赤。フライトスーツが黒く染まっていく。
瞬きも出来ず震えだした体を、手を握り締め、ただ真っ白になった頭の中に"どうしよう"だけがぐるぐると渦巻いた。
「…い、おい!しっかりしろ。俺達はどうしたら良い。」
A先生の指示に最も早く動いた救急隊員が、私の肩を掴んで問う。どうしたらいい、と。真っ白な頭の中に、ヘリを降りる前のA先生の言葉が浮かんだ。
"どれだけ現場が混乱していてもやる事は同じだ"
"まずは落ち着け"
すぅ、と一度深く息を吸った。
「頭を打った可能性があります、あまり動かさず、体を冷やさないようにして下さい。病院へ連絡して、他の医者と連絡を取ります。他に負傷者が居ないか確認してください。すぐにヘリで医者が戻るはずです。」
「了解。」
出来る事をやろうと、震える手でシーバーを取った。冷静に。ここで私が伝えなくては、指示も仰げない。
そっと脈を取り、出血箇所を確認する。触れた血液の、生暖かさが現実を伝えてくる。
「雪村ですっ!あの、A先生がっ…!」
堪えていた涙が、一つ頬を伝った。
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うたプリ大好き?(プロフ) - 続き気になっています この作品はもう更新されないのでしょうか? (2019年8月30日 9時) (レス) id: 48370e286a (このIDを非表示/違反報告)
再びこなみ - 17 遥→はるか (2018年8月16日 9時) (携帯から) (レス) id: cb44cdb910 (このIDを非表示/違反報告)
こなみ - 8 遥→はるか (2018年8月16日 9時) (携帯から) (レス) id: cb44cdb910 (このIDを非表示/違反報告)
東雲 昴流(プロフ) - さくらさん» コメントありがとうございます!ふと思い出して書き始めたので遅くなってしまうかと思いますが、頑張ります…! (2018年7月28日 19時) (レス) id: ad54c4129e (このIDを非表示/違反報告)
さくら(プロフ) - 続き楽しみにしております。 (2018年7月28日 17時) (レス) id: 15bef8530f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:東雲 昴流 | 作成日時:2017年8月18日 1時