第肆話 ページ6
急速に視界へ色彩が戻る。嗅覚が戻る。聴覚が戻る。
正面から飛び散ったであろう、気味が悪いほどの赫が頬から鎖骨にかけべったりと自らの赫を主張していた。まだ温かい。
血ってこんな赤かったのか、とまだ混乱している頭で思う。ふと冷静になった瞬間、彼の肌に冷たい汗が伝った。
───だれの、血だ?
正面が見れなかった。怖かった。恐ろしかった。
反射的に下を見る。地面に染み込んでいく温かな赫。その中央に鎮座する、手。
いや、手というよりは腕だ。肘から先が落ちている。違う、落ちているのではない。断面が綺麗だ。筋肉も、骨も、血管も綺麗に見える。指のつき方から見るに右手だ。何かを握っている。何だ?其れを彼は知っていた。刀だ。抜き身の打刀の柄を握っている。そして彼は、其の腕の持ち主と刀の名を、恐らく知っている。
眼前で、浅葱色の、羽織が、靡いた。
「無事か」
「ぃ、ずみの、かみ……ッ」
悲鳴を嚙み殺す。右腕の肘を捩じ斬られた和泉守兼定が彼に背を向け立っていた。庇ったのだろう。其処に迷いはない。自らを盾に他者を庇う判断に躊躇いが無い。
少しでも、一瞬でも、彼等が人間らしいなんて思った自分が馬鹿らしかった。
「国広ォ!」
「兼さん!」
呆然とする彼の横を小さな影が駆けて行く。和泉守が乱暴に足蹴にした歴史修正主義者を、堀川の一閃で斬り伏せる。一瞬だった。洗練された其の動きが美しくもあり、恐ろしくもあった。
頬を地につけ倒れ込んだままの彼をちらりと一瞥すると、和泉守は吹き飛んだ自らの右手から
堀川は刀身を鞘に収めると彼の側に膝をつく。羽織に似た色の瞳が此方を見ていた。足元に広がった赫と利き腕を失った和泉守の後姿を交互に見やる彼の言わんとする事を察したのか、兼さんなら大丈夫だよと表情を柔らかくして言の葉を吐く。
「けど、あいつ」
重傷じゃん、と彼は随分長い時間を掛けて言った。
受け身を取らぬ儘倒れたからか、口内には血の味が滲んでいる。漏れるのは荒い息だけで、けれど其れが熱くて、苦しくて。涙が出そうだった。
「大丈夫……手入れをすれば
其の言葉を聞いた瞬間、彼は歯を喰いしばる。
悔しい?悲しい?解らない。
唯呆然と、唯唖然と。痛みが原因ではない涙が溢れてくる。絶望、
彼の視界でちかちか、ちかちかと走馬灯の様な何かが主張を始めた。
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作者名:氷空 | 作成日時:2018年11月3日 21時