第拾話 ページ16
歌仙が歩き去ったのを確認し、春畝は閉め切られた襖に向き直る。
開かずの間。不思議とその言葉が頭に浮かんだ。
成る程、言い得て妙だ。
人為的か、否か。何にせよ、此の先に隠したい
そう改めて認識した途端、伸ばしかけていた手が止まる。意図的に、或いは反射的に止められた自らの右手を眺めながら春畝は大きく息を吐いた。
「何してるの？」
背後から声が飛ぶ。反射的に振り向いた春畝は驚きで瞬かれたであろう青い瞳と視線が絡み合った。
戦装束とはまた違う服に袖を通し、箒を片手に持つ彼は内番帰りだろうか。
眼光鋭い春畝と真っ向から視線が合い、彼は僅かに身じろいだ。
「な、なに？」
「大和守……」
歌仙が戻ってきたのではないと解り、春畝は胸を撫で下ろす。一方の大和守も驚かさないでよ、と肩を竦めた。
数秒間の静寂。やがてそれが心地悪くなったのか春畝が口を開く。
「……それで？何の用？」
「いや、其処に入ろうとしてたから」
ぴくり、と春畝の眉が吊り上げられた。
涼しい表情を崩さない様気を配り、彼はふうんと鼻を鳴らす。
「そうだけど？
挑発的な笑み、問い。言葉を失った大和守へ、畳み掛けるように其の眼を睨む様に見据えた。
表情を消し、襖を指す。
「此の部屋、何？」
歌仙に問うたのと同じものを大和守へ投げ掛けた。
口を噤む大和守。数十秒の沈黙。漸く口を開いた彼の言葉に半ば被せる様に春畝は乱暴に言葉を吐く。
「物置なんて嘘が通じると思わないでよ」
「……」
「答えて」
視線を逸らす大和守を真っ直ぐに見据える。中空を彷徨う彼の視線は、答えるべきか否か迷っている様だった。
春畝は其れを一瞥すると大袈裟に溜息を吐く。
「馬鹿にしないでよ。嘘、ってのは人間しか吐けないものじゃん。人の似姿を得ただけの
今度は大和守が小さな溜息を一つ吐いた。視線を春畝に向け、覚悟を決めた様に動かさない。
唇が動く。じゃあ、と言葉が紡がれた。
「僕から言えることは何も無い」
彼は沈黙を選んだ。
春畝は片眉を上げると襖に手を掛け、大和守へ向き直る。
「あ、そ。なら見て確かめる。立入禁止？」
「いや……禁止はされてないけど……」
そう言うと彼は眼を伏せた。
逃げる様に。背を向けた春畝へ向け、下を向いた儘ぼそぼそと何か呟かれる。
「……やめておいた方が良いよ」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 14人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：氷空 | 作成日時：2018年11月3日 21時
