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現世には"エキ"というものがある。"デンシャ"という大型の乗り物から人々が吐き出される場所だ。
場所にもよるが、空座町にあるエキはそこそこ大きいもので朝のこの時間は本当に多くの人間が歩き回っている。
本当はこんな所はあらゆるものが五月蝿くてたまらなく嫌いだが、時にこの喧騒が無駄な思考を邪魔してくれるので何も考えたくないときにはもってこいの場所である。
ストレスをストレスで相殺する。効率が悪いのは言われなくても分かっているよ。
ただ、この無駄が今の自分には少し必要ってだけの話でさ。
しかし今日はだめだな。頭の中が冴えきっていて全くと言っていいほど周りの音が聞こえない。木々の葉が擦れる風の音も、デンシャの唸るような騒音も、遠慮のない人々の雑踏も。
私の世界から、音が無くなった。
暗く黒い鉛のように重い何かが胸につかえていて苦しい。考えたくないことが脳内を覆うこの感覚が気持ち悪い。今思い出したくないあの顔が脳裏に浮かんで消えてくれない。
今すぐ意識を手放してしまいたい。
「なんだ、辛気臭えな」
「……何しに来たの」
刀から鬱陶しい鴉が意識を覗かせる。
彼のこの意識を声と呼んでいいのか分からないけれど。それでも無音だった世界に黒い音が、落ちた。
あぁ、手に力が入らないな。
「お前が調子悪そうだからからかいにきた」
「暇なのね」
「まぁ暇だろ。また"あいつ"のことか」
違う。
声に出して否定したかった。でも、脳の信号がそれを拒否した。意識に反する拒絶は一瞬の焦燥ののち閉口するしかなかった。
「いい加減忘れちまえよ」
お気楽な鴉はいいね。人の気も知らずに適当なこと言えるんだもん。デリカシーって言葉知らないだろ。まぁ、知ってるのも変な話か。
だから強がることしか出来ないのが、図星を突かれて反論も出来ない私なんだよ。
「黙って」
「人間様は忘却が得意なんだろ?」
皮肉を忘れない賢い奴め。だけど違うんだな。やっぱり私の事何も知らないでしょ。私もあんたの事何も知らないけどさ。
確かに忘却は人間に必要な能力だけど逆も然り、記憶しておくことも自分が自分であるための能力なんだよ。
「……これは忘れちゃだめなの」
「だからそうやってしんどくなるんじゃねーか」
「仕方ないよ」
「……まったく、面倒くせぇガキだ」
しんどくなるのも分かってる。だけどそう、忘れちゃダメなんだ。"彼"の事は自分が憶えていないといけない。
私が殺してしまった彼のことは、ずっと。
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ぎるたん - シグさん» お返事遅くなりすみません。 コメントありがとうございます。浦原さん選んで良かったなと思いました笑。 完結まで頑張りたいと思います! (2020年4月20日 1時) (レス) id: abc690efab (このIDを非表示/違反報告)
シグ - 面白いですね!?僕は浦原さん好きなので…応援してます!頑張ってください! (2020年4月17日 19時) (レス) id: b759b643e6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぎるたん | 作成日時:2020年4月13日 1時