子供のまま、痛いまま【吉沢亮】 (ページ25)

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吉沢side

放課後、部活はない日だったけれど、体育館まで来ていた。
借りた鍵を使って錆びたドアを開ける。

蒸し暑い中へと踏み込んで、着ているシャツの袖を折る。
鞄を放り投げ、隅にあるカゴからボールを手に取った。

部活がない日も、用事がないときは必ずここへ来て練習する。
今度の大会や、三年の先輩が引退してからも強くなれるようにするために。

ゴールネットを見つめ、腕を上げて膝を曲げる。
そこめがけて投げたボールは、軽やかな音を立ててネットをくぐり抜けた。
自由に跳ねるボールを追いかけると、静かな空間に靴の音が響いた。

──吉沢くん

頭の中でA先生の声がする。
もうすっかり聞き慣れた優しい声。
その声も、表情も、全て鮮明に思い出せてしまう。

……どうしようもなく、大好きだ。

それを認めて、早く楽になりたかった。

──Aのことは諦めてあげて

二階堂先生はなんでそんなことを言ったのか。
それは、忠告するほどの何かがあったということだと思う。

庇った？
親友として、A先生がまた傷付かないようにするため……

なら、この気持ちはどうすればいいんだよ。

溢れる感情を無視して忘れるのを待つか、恐れずに好きになるのか。

それなら、俺は…

自分の手に収まったボールを投げれば、リングに弾かれて跳んでいく。
床に震動を伝え、跳ねて、落ちた。
その動きを目で追い、空しく転がって止まったそれを見て、ふっと笑う。

もう、終わった。

「やっぱりここにいたんだ」

入り口の方から声がして、俯いていた顔を上げる。

「隆」

目を凝らしても隆の姿がはっきりと見えない。
扉に凭れていたであろう隆は、こっちに向かって歩いてきた。

「なんで泣いてるの」

「…は、泣いてねーよ」

「泣いてるよ」

自分の足元へ目線を落とすと、頭からタオルを掛けられた。
鼻をすすり、タオルの端を目元に押し当てた。

…この気持ちは捨てるって決めた。
忘れるって決めた。

「でも、俺…」

「……」

「…諦められないかも」

鼻にかかる声で呟いてゆっくりと隆の顔を見ると、優しく笑っていた。
何も話していないのに、まるで全てを理解したように頷く。

「それで良いんじゃない」

「……」

無理する必要なんて、一つもないよ。

そう言って笑う隆は、今まで見てきた中で、一番優しくて、強くて、格好よかった。